太陽と月




―エルタニア―

空を写したような、蒼い、綺麗な瞳が踊る。
同じく空の色をした髪の毛がはじける。
少女は踊った。とても、綺麗に踊った。
まだ雪の残る丘。ただ、白い世界が広がっていた。
穢れなどないかのように、純粋なままであるかのように。

「天照らす地に雪が降る。こんなにも白く、こんなにも冷たい雪が。」

少年は、無表情に言った。

「神様は嫌いなんだよ。だから世界を白く染めたがる。」

海をイメージさせる鳶色の瞳は揺るがない。
同じく海色の髪の毛は動じない。
じっと、地面を見つめる。雪に埋もれた、死体を見つめる。
やがて雪の中から、小さな光の玉のようなものが無数にでてきた。
死んだ人たちの・・・魂だ。
見渡す限りの白い世界に浮かんだそれは、踊る少女のまわりをくるくると回った。

「そうかもね。」

舞いながら、少女は歌うように言った。

「そうだよ。」

それをじっと見つめながら、少年はつぶやいた。
少女のまわりを回っていた魂は、やがてゆっくりと天に向かって昇っていった。

「せめて、来世ではお幸せに・・。」

少女は踊るのをやめて、祈りを捧げた。
少年も、黙って祈りを捧げた。

☆★☆★☆


(ああ、腹減ったな・・・。)
海をイメージさせる鳶色の髪に、同じく海色の瞳。
レオンは、必死に空腹に絶えていた。
(五番目か。)
腹の虫が奏でるオーケストラを聞きながら、次に指される予定の問題を解く。
今授業をしているライド先生(あだ名プシケー)は、生徒に回答を求める時、必ず出席番号順に指名する。
だから、自分が指される問題というものが事前にわかる。
授業を無視してその問題に全力を注いだ結果、完璧な回答ができあがった。
模範解答と言っても過言ではあるまい。

「よし、じゃあ次の問題は・・・」

いよいよ俺の番がきた。
準備は終わっている。いつでもこいや!

「ロビン(俺の次の出席番号順の奴)、答えてくれ。」

(何! 敬遠か!!)
まさか、自分が完璧な回答を用意していると見て敬遠するとは。
所詮おまえはプシケーだということだ。はっはっは。

「おっと、レオンを飛ばしていたな。次の問題やってくれ。」

・・・。
(まさか、わざと敬遠してからリバースするという高等テクニックを使うとは。)
もちろん授業を無視して問題にとりくんだレオンにわかるはずがない。
(だが、この問題は三択問題だ。なんとかなる!かもしれない。)
レオンはじっと問題を見た。ふと、何故か一つの答えに惹かれる気がした。超能力かもしれない。

「Aです。」

(どうだ、まいったかプシケー。)

「はずれです。」

(だからお前はプシケーなんだぁぁあああああああ。)
心の中でわけのわからないことを叫びつつ、腹の虫に耐えつつ、なんとかレオンはこの時間を過ごし切った。
授業終了のベルがなると同時に、レオンは教室を飛び出した。食堂に行くためだ。
だが。何故か、すぐにライドに捕まった。

「お前な、さっきの授業全然聞いてなかっただろう。」

「はぁ。」

どうやらプシケーは、さっきの授業の時、あまりの空腹のために、そわそわしていたのが気に入らなかったらしい。
それから説教を長々とくらい、ライドがプシケーと呼ばれる所以の髪形も汗で変形してきたころ。
昼休み終了のベルが鳴って、やっとレオンは解放された。
(結局メシ食ってねぇ。)
育ち盛りのレオンにとって、これは由々しき事態だった。

「くっそー、腹減ったなぁ…。」

自分の机につっぷして、レオンは必死に空腹に耐えていた。
あまりの空腹に、午後の第一講義もまるで耳に入ってこない。
カレーハイカカデスカ?
スシハドウデスカ?
ステーキデスカ?
ラーメンモアルヨ?
オイシイヨ
ポポウソツカナイ。

げ・・・幻聴だ。
黒いポポとかいう奴が誘ってるよ。
カメハメハ撃ちそうだよ。
てか黒いよ。目が丸いよ。
ん? 近づいてきたぞ?
イイカゲンニシロ?
オキロ?
そんな飯あったっけか?

「レオン!! 起きろぉぉぉぉおおお!!」

武器製造技術講師の雷が落ちた。
プシケーに続いてまたしても長々と説教を(授業中に)くらい、 空腹による幻覚に耐えながら、なんとか授業が終わった。

「レオン、何したの?」

うわさを聞いたのか、隣のクラスまでどなり声が聞こえたのか。 知った顔がわざわざ隣のクラスからやってきた。

「ぅぅ。昼休みにプシケーに呼び出されて、飯食ってないんだ。」

悲しい悲しい真実をつげて、レオンは机につっぷした。
空をイメージさせる明るい蒼色の髪に、同じく空色の瞳。 サラは、笑った。

「そんなことだと思った。レオンだもんね〜。」

笑いながら、サラは小さな包みをレオンに差し出した。

「運がよかったね。はい、これ食べていいよ。」

差し出された包みは、弁当箱だった。

「うぁ、マジで!? 助かる!!」

学年のアイドル(らしい)サラの手作り弁当。 同僚の男子に怒りの目で見られること必死ではあるが、手段を選んでいられる状況ではなかった。
あっと言う間に片付け、続いて出されたお茶を飲むと、レオンはやっと生き返った心地がしてため息をついた。

「はぁ・・・、生き返った〜。ごちそうさん!」

箸を戻し、水筒を片付けて、レオンは深々と礼をした。 そして、気づいた。

「・・・ん? そういえば、なんで弁当なんてあるんだ?」

普段、レオンは食堂で昼飯を食べている。 今日に限って、レオン用に弁当を作って来たということはないだろう。

「今頃? 今日ね、調理実習だったんだ。それを忘れててさ、自分の弁当 を作って来ちゃっただけ。無駄にならなくてよかった♪」

笑いながら、サラは弁当箱をまた包み直した。

「じゃぁ、そろそろ休み時間終わるから、行くね。」

またね、と手を振ってサラは教室からでていった。
机の上に、弁当箱の包みをのこしたまま。

「おぃ、弁当箱忘れてるっ。っていねぇ!」

仕方ない、放課後に返すか。今日は一緒に買い物する予定だったし。
と、レオンは背後に殺気を感じた。

「レ〜オ〜ン〜。」

「うわぁ!?」

殺気の主は、レオンにのしかかってきた。
くすんだ栗色の髪に、ブルーアイ。 親友のキリンだった。

「我らがサラさんの手作り弁当なんか食べやがってぇ!」

「うぁ、バカ。声でかっ!」

キリンの声があまりにでかくて、さすがにレオンは恥ずかしくなった。 せっかくこっそり(のつもり)で食ったのに!
(なんか勘違いされるぞっ! それはっ!)

「なんだと〜!!」

さっそくキリンの声を聞き付けて、隠れサラ親衛隊とかいうのが数人集まって来た。
その他にもこっちをにらんでいるものが数名。ぉぃぉぃ。

「勘違いすんなっ。つくってきてもらったわけじゃな・・」

「問答無用!!」

「聞けよ!?」

遠くで、ベルが鳴ったような気がした。

「喰らえ! 合体奥義、人間だるまー!!」

「アホか!? うぁ、何するやめろぉぉぉ!」

男が数人、いっせいに飛びかかってきたら、どうしようもない。
なだれ込んで来た野郎共と一緒に教室の入り口まで転がると同時、タイミングよくドアが開いた。

「お前らっ! 授業はもう始まっているんだぞ。席に着け!」

午後の第二講義の担任の怒鳴り声が、教室中に響き渡った。
こうして、本日三度目の説教が始まった。


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