エルタニアの歌




―エルタニア―

蒼い目の少女は、笑った。
楽しそうに、嬉しそうに。
とても、とても綺麗に笑った。
この世の穢れを消し去るように、悲しみを振り払うように。
鳶色の目の少年はつられて笑った。
まだぎごちないけれど、それは笑顔だった。
それをみて、また少女が楽しそうに笑った。
そして、歌った。
幸せの歌を。希望の歌を。
少年は、黙ってそれを聞いていた。
目を閉じて、すべてをその歌に集中させて。

天は歌う。
大地は望む。
悠久の大地で、輝く。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



放課後。
レオンは、教室の掃除を終えて屋上に立っていた。
午後の自習は、中庭で昼寝をして過ごした。
おかげで朝から感じていた頭痛も消え、体もようやく軽くなった。
昼を食べて無いので空腹ではあったが、それは購買のパンを買ってなんとかした。
午前中よりもずっといい状態だが、それでもレオンは沈んでいた。
サラ、怒ってるだろうな。
ていうか、怒ってたよな。
あぁ、どうしよう・・・。
逃げることも考えたが、あとが怖い。
それに、この後一緒にじいさんの工場に行かなければならない。
速めに切り上げて行かなくては、また深夜になってしまう。
レオンは一度深呼吸をして、覚悟を決めた。

「悪いのは俺だしな。サラの気持ちも考えないと。」

「あら、やっとわかってくれた?」

「うぉぁぁぁぁぁぁあ!?」

覚悟を決めていたはずだが、予期しない方向からの声に、レオンは飛び上がった。
ここは、屋上。
自分は、転落防止の柵に寄りかかっている。
なのに、声は背後から聞こえた。

「ど、どこから来るんだ、どこから!?」

あわてて振り向くと、まず予想通りにサラがいた。
だが予想に反して、そこは屋上の端ではなかった。
サラは普通に床の上に立っている。
その向こうに見えるのは、校舎内への扉。
確認のために振り向くと、そこにはまったく同じ扉。
もう一度サラのほうを向き直ると、やっぱり同じ扉。

「また、合わせ鏡の結界か?」

「うん。」

サラは、あっさりとうなずいた。
最上級結界なんだけどなぁ・・・一応。

「別に、逃げないぞ?」

「うん。でも、二人きりになりたくて。」

「えっと・・・?」

それって、どういう・・・?
恥ずかしげに、つぶやくサラ。
予想と違った反応に、レオンの心臓が跳ね上がった。

「ねぇ、レオン。お願いがあるの。」

「お願い?」

サラが、ゆっくりとレオンに近づいた。
ほほを赤らめ、何かを隠すようにゆっくりと。
そんなサラの態度に、レオンはドキドキして戸惑った。
こんなサラは初めてみる。

「私の気持ち、わかってくれたんだっけ?」

「えっ・・・と。」

サラが、すがるようにレオンの目をのぞきこんだ。
何かを伝えたくて、でも伝えられないような、少女の顔。
レオンは、自分の心臓が爆発しそうなほどに跳ねているのを自覚した。
思わず視線を下に向け、無意識にほほをかく。

「私はさ、レオンのことがスキなんだ・・・。」

「え・・・?」

もう目の前にまで接近してきたサラがした、突然すぎる告白。
レオンは視線をそらしたまま、ただひたすらに赤面して黙った。
何も考えられないくらいに、頭の中が混乱してくるのがわかる。

「いつからかな、わからないけれど。レオンが、好きなの。」

「サラ・・・。」

サラが、レオンの首に両手をまわす。
目をそらしたレオンを、自分へと向けるための、いつものしぐさ。
この学校で、最上級結界を張れる人間はただ一人。
その声も、その仕草も、間違いなくサラのもの。
なのに。
ふと、違和感を感じた。
何かが、おかしくないか?
でも、何がおかしい?
そう感じた瞬間、本能が警告を発する。
チカヅクナ!

「キス、してもいいかな?」

ゆっくりと、両手をレオンの首にまわしたまま。
サラが、顔を近づける。
そこで響く、強烈な警告。
ヤメロ!


気が付けば―


レオンは、サラを全力でつき飛ばしていた。
華奢な体が宙を舞い、数メートル先で床に叩きつけられる。
あわてて、戻った理性が行動をおこした体に問いかける。
コイツは、サラじゃない?
どうして?
どこがおかしい?

「レオンは、私のこと、キライ?」

サラが、ゆっくりと起き上がった。
その瞳は、さきほどとは違って悲しみで揺れていた。
とても、とても悲しい瞳。
他人の幸せだけを、強く願うレオンにとって、それはひどく効果的な罠だった。
理論的にサラじゃないと説明できず、悩む心。
なのに、危険だと叫ぶ本能。
結局、レオンは動くことができなかった。

「ねぇ、痛いよ・・・痛いよ!」

ソレが、疾った。
風のような速度で、数メートルあった間合いが一瞬にして消える。
その手には、鈍く光る短刀。

「ぐっ・・・!?」

反射的に身をよじったが、鋭い刃はレオンの右脇を貫いた。
一瞬遅れて噴き上げる、赤い鮮血。
くっそ、動脈をやったか・・・?
一瞬、痛みで飛んだ意識を無理やりに呼び戻して、レオンはソレを蹴り上げた。
だが、闇雲に放った蹴りはむなしく空気を薙いだ。
ソレは、蹴りを身をよじって躱し、短刀を真横になぎ払う。
今度は左腕から、血が飛んだ。

「この、やろぉ・・・!」

ここは、合わせ鏡の結界内。
一対一で、負けられるか!

「化けの皮、はいでやる。サラの真似なんてしやがって!」

血を撒きながら、レオンが翔けた。
痛みは無視して、全力で踏み込みソレを殴り飛ばす。
華奢な体が、再び宙を舞った。

「集え、氷精。貫け、吹雪よ! フリーズランサー!!」

追撃をかけるために、レオンが魔法を唱えた。
サラのように詠唱無しとはいかないが、レオンだって中級魔法までなら使える。
空間に呼び出した無数の氷の刃が、ソレを貫くために、宙を駆けた!

「来たれ、火精。拡散せよ! アイスブレイク!」

氷の刃が、ソレに届く直前。
張られた結界が、その全てを霧散させた。

「中級結界程度で、詠唱か。やっぱりサラじゃないな。何者だ?」

サラなら、詠唱なしで上級結界だって張れるはず。
距離は広がったものの、警戒は怠らずに、レオンが尋ねた。
同時に、傷の具合を確認する。
骨は、折れてない。内蔵も無事か。
浅くはないが、痛みを無視すれば動けないほどじゃない・・・。
問題は出血だな。動脈をかすめてる。
あんま、時間をかけてる余裕はないか・・・。
すぐに動ける態勢をつくったまま、レオンは右手と口で、袖を食い破った。
その布を左腕の付け根にあて、右手一本で器用に、きつく縛り上げる。
そこまでして、ようやく気が付いた。
どこが、おかしかったのか。
確か、サラは左腕に包帯を巻いていたはずなんだ。
昼休みに、見たじゃないか…くそ!

「演技力には自信があったのに。どうしてわかったのかしら?」

サラの顔が、まったく違う声を発した。
これが、こいつの本当の声か。

「質問に答えろ。何者だ。」

「恐いわね。さて、あっちはどうなったかしら?」

ソレが、戦闘態勢を解いて、指を鳴らした。
風が吹いて、景色が一瞬だけ揺らぐ。
合わせ鏡の結界を、解いたのか・・・?
揺らいだ景色が戻って、最初に目についたのは、血の色。
なんだか嫌な予感がして、無意識にその血を目で追って−

屋上の入り口で、倒れてる人物を見た。
青く、空色の髪が、今は血に染まって紫にみえる。
それは、とても見知った人だった。

「サラ!?」

うつぶせに倒れているため、顔は見えないけれども、それはまぎれもなくサラだった。
その左腕には昼間に見たとおりの包帯が、血で染まっていた。
レオンはあわてて駆け寄ろうとして、でも、失敗した。

前に踏み出そうとした足がもつれ、前のめりに倒れた。
立ち上がろうとしたけれど、力がはいらない。
くそ、毒か・・・!?

「ごめんなさいね。でも、おとなしく騙されてくれれば、怪我しなくてすんだのよ。」

「くそ、サラをどうした!?」

「大丈夫、殺しはしないわ。あなたも、そっちのお嬢さんもね。」

ソレが、ゆっくりと近づいてきた。

「まったく。若いとはいえ、さすがシャドウね。まともにやったら、とても勝てる気がしないわ。」

とても全力などだせるはずのない傷を負い、かつ不完全な体勢だったはずなのに・・・
と、ソレはレオンに殴られた箇所をおさえてうめいた。完全に骨まで砕けていたからだ。
それに、疾い。とても反応できる速度ではなかった。まったく、こんなに若いのに・・・

「・・・とりあえず、その顔をやめろ。」

「あら、ごめんなさい。私の素顔は、目覚めた時のお楽しみにね。」

ソレが手刀を振り下ろした。
見えているのに抵抗できず、レオンは意識を失った。



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