太陽と月の出会い




ふと、誰かに呼ばれたような気がして、レオンは目を覚ました。

「ん・・・ここは?」

そこは、不思議な場所だった。
暖かな光に、暖かな風。
見渡す限りの花畑。
時折吹く強い風に、白い花びらがくるくると舞い上がって綺麗に踊る。
そのたびに良い匂いがして、不思議に心を和ませてくれた。
見上げた空は晴天。
明るく、青く広がった天の中心には、何故か満月があった。
星はなく、広い空に、ただ一つ浮かんだ丸い光。
どこか寂しげに、でも、とても優しい光だった。
美しく柔らかくて、でも静かで生命のない空間。
神破奴どころか、オリス・ルートとも思えないな。

「これが、あの世ってやつか?」

つぶやいて、立ち上がる。
と、また誰かに呼ばれたような気がして、レオンは振り向いた。
何もなかった空間から、突然巻き上がる風。
風で舞い上がった白い花びらが、一瞬だけ視界を遮った。
そして、一瞬が過ぎ去って―
そこに、白い光が生まれた。
暖かくて、優しくて、柔らかくて、どこか懐かしくて。
青空に浮かぶ満月と似て、でも異なる光だった。

「今日和、レオン君。今晩和かな?」

白い光の中には、一人の少女がいた。
いや、少なくとも、少女の形をしたモノが。
空を映したような鮮やかな髪に、同じく蒼色の瞳。
優しくて、暖かな声。
それは、レオンのよく知る人物とまったく同じ姿をしていた。

「あ、声は聞こえてるかな? 姿も見えてたりすると、嬉しいかも。」

「えっと・・・、サラ・・・じゃないですよね。」

いつもの聞き慣れた声に、見慣れたしぐさ。
まぎれもなく、サラの外見。
なのに、レオンは反射的に姿勢を正した。
直感が訴えていた。
偽物の時のようなレベルでなく、本能が、全霊が、叫んでいた。
人に似て、人ならざるもの―

「勘の鋭い子だね。でも、そんなに堅くならなくて良いのに。」

神が、笑った。
とても綺麗に笑った。

「私はアマテラス。そうだね、光の神様って言うとわかるかな?」

「あ、天照様ぁ!?」

こ、この人が、いや人じゃないけれども、神破奴を建国したとされる、光を司る神様!?
う、嘘でしょ?

「あはは、やっぱりそういう反応かぁ。でもね、本当は違うんだよ?」

「は?」

「私は、光の神様じゃない。それから、今の神破奴をつくったのも私じゃないよ。」

予想どおりのレオンの反応に、また笑って神様が言った。

「それは、どういう・・・?」

「私が創った神破奴はね・・・違うんだよ。ふふふ、詳しくはまだ秘密!」

「ぇぇ!?」

「あはは、まだ早いってことだよ。また今度ね♪」

神様は、やっぱり笑った。
無邪気に、本当に楽しそうに笑った。
つられて、思わずレオンも笑った。
それを見て、神様はまた嬉しそうに笑った。
とても、とても綺麗な笑顔だった。

「ああ、もう時間かぁ・・・。」

「時間・・・ですか?」

「うん。私が無理を言ってね。ちょっとだけ、時間軸の違う世界を創らせてもらったんだ。もう、戻らないと。」

少しずつ、白い光が広がってきた。
膨らんだ光はレオンも包んで、さらに広がろうと速度を速めた。

「時間軸をずらさないと、太陽は地上で月に会えないでしょ?」

「はぁ・・・よくわかりませんが。」

「あはは、そっか。ね、最後に一つ、いいかなぁ?」

「あ、はい。なんでしょう?」

だんだんと白い光が強くなって、世界が真っ白に染まっていく。
白い、世界。
なぜだろう・・・それはひどく懐かしくて、でもとても寂しい世界だった。

「あなたが望むものは、何?」

「・・・平和と幸福。そして、それを守れる力。」

白が、世界を埋めた。
もう神様は見えなかったけど、彼女は確かに笑ったような気がした。

「いい答え。でも、少し足りないかな―」

言葉が途切れて、真っ白い世界がはじけた。


―From Sara―


意識だけが、混沌を彷徨っていた。
傷ついた神経が、痛んだ体が、今は休めと全身に命令する。
私、死ぬのかなぁ・・・。
真っ暗闇の世界に浮かびながら、サラはぼんやりと考えた。
体の感覚が薄い。
ひどく希薄で、今にも消えそうなほどだった。
油断したなぁ・・・。まさか、告白しようとして襲われるなんて。
気絶する前の出来事を思い出して、ぼんやりした頭でうなる。
今は、あれがレオンだとはとても思えない。
まったく、普段なら一発で見抜けるような、下手な変装にひっかかったものだ。
あーあ、恋は人を盲目にするってやつ?
あれ・・・ちょっと違うかな。
自分でボケて、自分で突っ込みをいれて、なんだかむなしくなって考えるのをやめた。
宙に漂う浮遊感にまかせ、気ままに意識を飛ばしてみる。
ちょっと、楽しい。

「って・・・アホか。」

今の状況を思い出して、一気にうなだれた。
あーもう、死ぬのかなって時に、私ってば・・・って、あれ?

「声が・・・?」

もう一度、確認のために声を出してみる。
それは、確かに声だった。
意識の中のものでなく、外から耳に伝わる振動だった。
次に、手を動かして見る。
薄かった感覚が、今はハッキリとした感触を伝えてきた。
それを意識したとたん、何かが全身を包んだ。
それは、まるで闇に抱かれるような感覚だった。
光を通さない、漆黒の闇。
だけど、それはとても優しくて、すごく暖かかった。
動くものも、光もない静の世界。
だけど、そこには闇があった。
無ではなく、確かに、そこに存在していた。
ふと、呼ばれたような気がして、サラは振り向いた。
一体、いつからあったのだろう・・・そこには、静かな光があった。
丸くて、小さくて、柔らかくて、すごく優しい光だった。

「今晩和。まだ世界が安定していないのに、意識は大丈夫?」

光の中には、一人の少年がいた。
いや・・・少年の外見をした、何かが。
深い海を連想させるしとやかな髪に、同じく鳶色の瞳。
どこか悲しげな表情は、見慣れた少年にそっくりだった。

「レオン・・・?」

思わずつぶやいてから、サラは心で否定する。
本能が、全身が、訴えていた。
この少年は、自分たちとは、まるで存在が違うんだ・・・。
その声も、ほほをかく仕草もそっくりの少年は、無表情だった。
そして、無表情のまま答えてくれた。

「僕は、ツクヨミ。天照の弟だよ。」

「あ、天照様のぉ!?」

「そう。知らないと思うけどね。」

神様は、やっぱり無表情だった。
でも、とても優しい声だった。
まるで、お月様のよう・・・。
静かに、でも、いつでも優しく抱きとめてくれる柔らかな、暖かい感じ。

「もう少しで、世界ができるから・・・目をつぶってくれる?」

「はい?」

「小さな命をもつ者には、危険なんだ。今の状態もね。」

「えっと・・・わかりました。」

本当はよくわからなかったけど、とにかくサラは目を閉じた。
そのまま少し時間が経って、何かが足に触れた。
前触れもなく、突然襲ってくる重力感。

「んきゃあ!?」

「よっ、と。」

足に触れたのは、地面だった。
突然のことに対応できず、思わずバランスを崩したサラを、神が支えた。

「ごめん、大丈夫?」

「あ、はい! す、すみません。」

神に支えてもらって、サラはあわてて体を立て直した。
そして、その世界を見た。

「うわぁ・・・綺麗・・・!」

見渡す限りの花畑が、そこにあった。
少し涼しい、優しい風が頬を撫ぜる。
見上げた夜空の中心には、太陽が輝いていた。
白い花びらが、風に巻かれてくるくると駆けて行き、いい匂いを運んでくる。

「気に入ってくれたかな。」

「はい! ここは、どこなんですか?」

静かで、優しくて、不思議な場所。
とても、オリス・ルートとは思えないけど・・・。

「僕が創った、仮想の空間だよ。時間軸がずれているでしょう?」

「あの、夜空の太陽のことですか?」

「そう。本当は違反なんだけどね。姉さんに頼まれたんだけど、ついでだから僕も利用しようかと。」

「時間を・・・?」

「うん。時間軸をずらさないと、月は地上で太陽に会えないからね。」

「はぁ・・・。」

話が壮大すぎてよくわからなかったけど、サラはとにかくうなずいた。
まぁ、神様の話というのは、こういうものなんだろう。
知りたいけど、理解はできそうにない。

「で、あまり時間をずらすわけにはいかないないから単刀直入に聞こう。」

神様は、やっぱり無表情に言った。
ただ、声だけに感情が宿る。

「サラさんは、何を望む? 何を、求める?」

「幸せを。平和を。それから、幸せを二度と奪われない力を。」

相手が神様だったけど、サラはハッキリと答えた。
自分が、求め続けたもの。
望んだもの、夢見たもの。
ずっと変わらない、願い―

「なるほどね。じゃあ・・・一つだけ、望みを叶えてあげると言ったら?」

無表情のまま、神様が言った。

「叶えてもらえる望みを増やしてもらいます。」

「全部叶えるのは、大変だよ。一つに絞る気はないの?」

「叶わなくても、叶えるんです。望み続けた、願いですから・・・。」

「そっか。」

神様が、笑った。
ぎごちなかったけど、それは、確かに笑みだった。

「レオン君は欲しくない?」

「ぁぅ。自分で頑張りますぅ〜。」

「そっか。」

あぅぅ。
神様ってば、冗談も言うんだね・・・。
じとーっと見つめて見るが、神様はやっぱり無表情に戻っていた。

「さて、もういいかな。時間を戻さないと・・・。」

神様がそう言って、何かを空間に描いた。
柔らかな、優しい光が膨らんだ。
白い光が、創られた幻想の世界を優しく染めていく。

「そうだ。最後にひとつ、いいかな?」

「なんでしょう?」

真っ白に染まった世界で、少年は尋ねた。
それが、なんだか懐かしくて、どこか悲しくて、サラは戸惑った。

「想いは、求めることで伝わる。あきらめないでね。」

「ぇ?」

「また、会える。その時に、続きは―」

言葉が途切れて、真っ白な世界がはじけた。




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