幸せの代償



朝じゃな・・・。
ラディッツは、仕事場の仮眠室で目を覚ました。

「結局、今日もレオンは来なかったのぅ・・・。」

ベットから起き上がり、ぐぐっと背伸びをして体の覚醒をうながす。
カーテンを開け、空気を入れ替えようと窓を開けた。
なんとも清々しい空気が流れ込み、小鳥達の心地よい歌声が運ばれてくる。
やっぱり、森の朝はいい。

「ぬ・・・?」

開けた窓の向こう、遠くに人影が見えた。
遠くて誰なのかは判断できないが、よほど急いでいるらしいのはわかった。

「あれは、ディゼルか?」

丈夫そうな靴に、丈夫そうなズボン、丈夫そうな上着の上に、丈夫そうなマント。
全身が旅人調の茶色一色で揃えられた服の中で、左腕の腕章だけが立派に輝いている。
その腕章には見覚えがあった。
神破奴最強部隊、シャドウの紋章だ。
隠密行動をしながら戦闘にも対応できるのは、武器を所持しても怪しまれない、旅人の格好が最適だったのだ。

「じゃが、腕章をつけているということは・・・よほどのことじゃな。」

シャドウは、隠密機関である。
権力は強ければ強いほど、うまく隠さなくては物事の本質は追えないからだ。
腕章の持ち歩きが義務となっているが、使用できるのは緊急事態だけだった。

「ラディッツ殿! 目が覚めていましたか。ちょうどよかった・・・。」

「うむ、何事じゃ?」

走って来た男の名はディゼルといって、ラディッツの見知った相手だった。
背が高く、筋骨隆々とした男だったが、担当は中衛。
弓の名手で、破壊力も精度も、完全にサラの上をいっていた。
よって、当然普通の弓で満足できるはずもなく、ラディッツの造る特別な弓を使っていたのだ。

「レオンのことですが・・・」

「レオンか。連絡すらつかぬ。あやつはどこにいるんじゃ?」

「それが・・・誘拐されたようなのです。サラも一緒に。」

「何じゃと・・・?」

ラディッツは、思わず聞き返した。
とても信じられることではないし、考えてもいないことだったのだ。
連絡がつかなくても、元気に学校に行っているだろうと思った。
ただ、忙しくて忘れているだけなのだろうと…
それが、誘拐じゃと?
レオンと、サラちゃんをか?

「そんなバカな。どこの世界に、シャドウを二人も誘拐できる奴がおるんじゃ。」

「我々もそう思ったのですが・・・実際に、二人が見つかりません。」

そう告げるディゼルの顔は、真剣だった。
シャドウが腕章を持ち出して動いている以上、この国で隠れられるところはない。
それで見つからないということは・・・事実だということだ。

「いつからじゃ。」

「犯人の手紙が届いたのは一週間前。以降、連絡はありません。」

「一週間前・・・。」

それは、レオンと約束した日と重なった。
工房に来ないと思ったら、あやつめ・・・来れないなら、来れないと連絡くらいせんか!

「それで、犯人の欲求はなんじゃ。」

犯人に激しい怒りを感じながら、極めて冷静にラディッツは尋ねた。
シャドウを誘拐するリスクに、見合うものとは一体なんだ?
不意打ちですら、成功の可能性は限りなく低い。
なんせ、誘拐された二人は国で最高ランクの実力者なのだ。
殺さずに誘拐した以上、何かがあるはずだ。

「これが、本部に送られて来た手紙です。」

「・・・何?」

渡された手紙は、実にふざけていた。

  拝啓、第一級特殊任務実行部隊様。
  そちらに所属されている、レオン殿、サラ殿の両名を誘拐させていただきました。
  すでに解放しましたが、あることをしたため、すぐには帰れないでしょう。
  時がくれば自ずからお戻りになると思いますので、ご了承下さい。

                誘拐犯、インビジブルフルムーン協会

「なんじゃ、これは・・・?」

信じられん…解放したじゃと?
もう、用は済んだと言うことか?
いや、それでも生きていればいい。生きてさえ、いてくれれば…!!

「レオン・・・連絡くらいせんか。バカ息子め・・・!」

ラディッツは、捨て子だった一人の少年を思って、空を見上げた。
妻に先立たれたラディッツにとって、唯一の家族だった。
掛け替えの無い、大切な息子だった。
頼む。神よ・・・神破奴の、光の神よ・・・。
どうか、あやつを守って下され・・・!!
ラディッツは、心の底から祈りを捧げた。

―From Kilin―

王立兵士養成学園では、とある事件が騒がれていた。
屋上に残された傷痕と、大量の血痕のことだ。
当日と次の日までは謎のミステリーとして騒がれていたが、事件3日目でとあることが発覚した。
その日を境に学校を休んでいる生徒がいる、と。
休んでいる生徒は二人いて、二人とも無断欠席だ。
それが男女のペアだとわかるやいなや、妙なうわさが流れ始めた。
痴情のもつれで、一人が恋人を殺害。現在逃走中という話には笑った。
あの血痕は偽物で、二人で夜逃げしたのだ、という話にも笑えた。
他にも様々な噂があったが、興味はわかなかった。

「あいつらが、そんなことするはずないもんな。」

教室の窓からぼんやりと外を眺め、キリンは独りごちた。
レオンとサラがいなくなってから、一週間。
学校側にも何も連絡はきていないらしい。
キリンも何度か連絡をとろうとしたが、結局捕まらなかった。

「レオン・・・サラさん・・・無事だろうか。」

レオンがその気になれば、自分より強いだろうということは知っていた。
うまく隠していたつもりらしいが、なんとなくわかっていた。
サラさんも、自分よりもずっと強かった。
だから追いつきたくて、学年トップになっても修行を続けたのだ。
それなのに、二人は消えた。
人としてありえないくらい、優しくて純粋な二人だ。
あの二人が戦うことはまずあり得ないし、夜逃げも必要ない。
屋上の傷痕や血痕を見れば、何か事件に巻き込まれたのは明らかだった。

「君が、キリン君?」

「・・・はい?」

突然背後から声をかけられて、驚いて振り向いた。
そこにいたのは、おばさんだった。
優しそうな雰囲気だけど・・・場にはあわない。
今は早朝。
教室にはまだ自分しかいなかったはずだし、こんな人見たことがない。
というか、気配がなかったけど・・・?

「私はリィ。シャドウに所属しているものよ。」

「はい!?」

シャ、シャドウ!?
そりゃ、気配なんてわからないわけだけど・・・どうしてここに?

「あなたがね、いろいろと調べて回っていると聞いたから・・・これを。」

「これは・・・?」

渡されたのは、一通の封筒だった。
宛て先はないけど、見て・・・いいものなのだろうか?

「レオン君とサラちゃんに関する、今のところ唯一の情報よ。書き写しだけれども。」

「ぇぇ!?」

急いで封を破り、中の紙に目を通す。
何故シャドウの人が知っているのか気になったが、それよりも情報が先だ。

一通り、目を通して−
キリンは、自分の目を疑った。
レオンもサラさんも強いとは思っていたが、同年代にシャドウがいるなんて信じられなかった。
それなのに、誘拐されたなんて信じられなかった。

「嘘、ですよね?」

「シャドウが総力を挙げて探したわ。結果、二人は見つからなかった。」

信じられないだろうからと、リィさんはシャドウの紋章を見せてくれた。
教科書で見た通りの本物・・・国王の署名が、そこにあった。

「そんな・・・。」

シャドウが動いて、見つからないなんて。
できの悪い冗談にしか聞こえなかった。
でも、目の前にシャドウの人間がいるんだ…、本当なのか・・・。

「本部は、捜索を打ち切ったわ。」

「何故ですか!?」

「危険なのよ。シャドウを、二人も誘拐した犯人が。」

「でも・・・!」

「二人ともね、国で5本の指に入るほどの実力者なのよ。シャドウの中でもトップクラスね。」

だから、シャドウ以外で捜索はできない。
リィさんは、そうつぶやいた。
確かに、その通りだ。
もし手紙の内容が真実なら自分が力になれるとは思えないし、それは他の人間にも同じだろう。
手紙には、二人は解放したとあった。
それも信じられる内容ではないが、これ以上被害がでるよりは捜索を打ち切ったほうが賢明なのだろう・・・。

「くそぉ・・・、情けない!!」

キリンは、力任せに机を叩いた。
自分の無力さを、初めて思い知らされた気分だった。
俺は、なんて弱いんだろう・・・!
学年トップがなんだ。
学園代表がなんだ。
好きな人が攫われても、何もできないじゃないか・・・!!
親友が攫われても、祈ることしかできないじゃないか・・・!!

「レオン・・・サラさん・・・どうか、生きていてくれ。」

叩きつけた腕に顔をうずめ、キリンは祈った。
付き合い初めて、たった一年。
だけど、一番信用できる親友なんだ。
初めて出会って、たった一年。
だけど、誰よりも愛おしい少女なんだ。
二人とも・・・大切な、大切な人間なんだ。
どうか、守ってください・・・天照様・・・!!
キリンは、心の底から祈りを捧げた。

その時、天頂に向かって昇る朝日が微かに揺れた。
ラディッツの、キリンの祈りに答えるように、優しく揺れた。
ごめんなさい。でも、必要なことなの。
永遠を終わらせるために。幸せを、紡ぐために。
今は、ごめんなさい−
太陽として世界を照らしながら、アマテラスは黙って頭を下げた。



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