神破奴(ジハード)のシャドウ




「これで、だいたい揃ったか?」

この辺りで最大級の店をでて、レオンがサラにたずねる。
必要最低限の物しか買わないので、買い物袋も片手で持てるくらいだ。

「んっとね。ちょっと待って。」

少し遅れて出て来たサラが、買い物リストを取り出して確認する。

「うん、あとは前回に壊しちゃった私の弓だけ。」

「了解。じゃ、じいさんの店行くか。」

じいさん、とレオンが呼んだ人物は名をラディッツといい、遥か阿修羅国からも戦士が訪ねてくるほどの有名な弓職人。
依頼の予約はいつも半年先までいっぱいで、世界一と言われるその腕が創り出す弓には、魂が宿ると言われるほどである。
何故、そんな人物をじいさん呼ばわりするのかというと、実はレオンの養父だったりするのだ。
八歳の時に拾われ、実際に一緒に暮らしたのは、わずかに三年ほど。
だが、その短い期間にレオンはさまざまなことを教わった。大切なものをたくさんもらった。
家族、愛、人との付き合い方、生き方、夢、人生。
今でも本当の父親以上に慕っているし、尊敬している。
ラディッツがいなかったら、きっと今の自分はないだろう。
誰よりも尊敬するラディッツだからこそ、親しい者にのみ許される呼び方をしたかった。

「この時間なら、直接工場に行った方が速いな。」

だいぶ星もでてきたが、まだうっすらと明るい空を見て、レオンが判断する。
ラディッツは、毎日夜遅くまで工場で作業をしている。
その工場は、中央どおりの派手な店とは違い、郊外の山奥、湖のほとりにあった。
材料となる良質な木と、鉱石、そして大量の水。
それに、落ち着いて弓作りに集中できる環境があるからだった。
依頼は店のほうで受けつけるし、商品もそちらで売っているので、この工場は親しい人や関係者しか知らない。
今いる城下町の広場から、ラディッツの工場まではかなり時間がかかる。
レオンはサラを先に家にかえし、一人で山道を登っていた。
別に山賊が来ようが、魑魅が来ようが、サラが危険になるは思えないし、
この辺りにそんなものが出たという噂すら聞かない。
だが、サラには家族がいる。
急いでも帰ってこれるのは夜中過ぎ、最悪なら朝になる。
仕事のことや、サラの実力を知らない親は心配するだろう。

「あの華奢な体で、あの力はどこからくるんだかな。」

サラの戦う姿を思い出して、レオンはぶつぶつ言う。

「ていうか、詠唱無しでバカスカ魔法を撃つのは反則だよなー。」

通常、魔法を撃つのには手間がかかる。
力を借りる精霊に祈りを捧げるための詠唱、そしてその力を伝えるために魔法の構成を編みあげなければならない。
だが。サラは精霊の力をほとんど詠唱無しで借りることができるし、魔法構成を何故か一瞬で編み上げる。
ついでに言うと、弓は百発九十九中。ほとんどはずれ無し。

「絶対近寄れないぞ。あれは。魔力はほとんど底無しだしなー。」

前回の仕事の時を思い出し、レオンの背筋に寒気が走る。
強力な上級魔法をタメ無しで連発、最後ほんの少し詠唱しただけで最上級火炎魔法。
しかも、疲れた様子無し。

「俺の必要性を疑ったなー。あいつに前衛とか、必要ないじゃん。」

レオンは一応、魔法戦士だ。
どちらかと言うと戦士の属性が強く、魔法は補助系が少し。
そのため、いつもサラが後衛、レオンが前衛を担当し、戦闘をする。
だが、普段サラに前衛は必要なかった。
よほどの数でなければ敵が近づく前に殲滅することができたし、よほどの数がいても、サラは自分で攻撃をかわせる。
詠唱の時間を稼ぐ必要もない。一瞬で魔法を撃てるのだから。
ここまでだと、本当にレオンなど必要ないのだが・・・
レオン達の仕事では、しょっちゅう『よほどのこと』が起こったりする。
仕事。第一級特殊任務実行部隊、通称『シャドウ』
正規の部隊や、地方の役人では手に負えない仕事を受け持つギルドに、レオンとサラは所属している。
ギルドに持ち込まれるのはほとんどが危険度Sランク以上。
しかも、隠密性を持つものが多いため、仕事のことは関係者以外に話してはいけないらしい。
なんにせよ、とりあえず神破奴最強部隊。
この国で戦士を、魔法使いを目指すものは、みんなこの部隊を目標にする。

「なんとなく、秘密の最強部隊ってかっこいいじゃん。」

と、これはキリンが言っていたセリフだ。
レオンとサラが通うのは、国立兵士育成学校。
レオンは特務部隊クラスに所属している。
第三級特殊任務実行部隊、通称『ヴァイス』。その構成員を育成するクラスだ。
よーするに、この国に8人しかいない『シャドウ』を夢見ている人間ばかりが集まるクラス。
何故そんなところにレオンが通ってるかというと、養父ラディッツに言われてのことだった。
レオンは、ラディッツに拾われるまで、独りだった。
親もいないし、親戚も、当然友達もいない。
それを憂えたラディッツは、常識など最低限のことを三年間でレオンに教え、学校に行かせた。
仕事がある時は、仮病などを使って休むのだ。
だが、危険度Sランク以上の事件などそう起こっては困る。
しかも、『シャドウ』は二人一組で八人、つまり四組もいる。
めったに仕事が来ることはなく、おおむね通常の学生らしく、学校に通っていた。

「ふむ、レオンか?」

「うん? うはじいさん。今帰りか?」

いろいろ考えていたら、いつの間にか目的の人物が目の前にいた。
まだ工場までは距離があるはずだが。

「ああ、今日のノルマは終わったところじゃが。どうした?」

「弓が壊れた。へるぷみー。」

レオンは見事に折れたサラの弓を見せ、単刀直入に頼み込んだ。

「これは・・・、何をしたらこうまで見事にわしの弓が折れるんじゃ。アホか。」

言って、ラディッツはうなった。
もともとはサラでなくレオンに与えたこの弓は、かなりの自信作だった。
硬度と精度を極限まで引き上げ、それでいて小さい。
扱う者に高い技術と力が要求されるが、その能力が高ければ高いほど、威力を発揮するように作った。
壊れることなどないと思った。
最高の硬度を持たせたつもりだし、これでも世界一の技師という誇りもある。
だが、レオンの見せた弓は、あきらかに戦闘で壊れたものだった。
ふざけて壊したのと、使って壊れたの違いくらい、ラディッツは一目で見抜ける。

「また、あの綺麗なお前の彼女か?」

ラディッツは、以前レオンが連れてきたサラの姿を思い出して言う。
あの華奢な体で、どうやったらこうまで自分の弓を壊せるのか。

「彼女じゃねぇって。あいつが前回の仕事でさ、連射しまくって壊したんだ。」

ふぅむ、とラディッツがまたうなる。
連射には確かに弱いかもしれない。硬度を上げた分、柔軟性に劣るからだ。
だが、そこは自分が造った弓。
普通に連射したくらいではびくともしないし、硬度があるぶん連射をしずらい。
この弓が壊れるほどの速度で連射するとしたら、とんでもない力と技術がいるだろう。
とても、レオンが家に連れて来た彼女がやったとは思えないが・・・前科がある。
レオンに与えたこの弓とは別に、サラにも以前に弓を与えたことがあった。
今レオンが持ってきた弓よりははるかに劣るが、一般の弓よりは強力な弓だ。
それを見事に目の前で、しかもたった数回の試射で壊されたりしているのだ・・実は。

「ふむ。この弓で壊れるようなら、個人専用に特別に造らなければ無理だ。明日彼女と一緒に来い。」

「だから、彼女じゃないっての。了解。明日な。」

それからラディッツを家まで送ってやり、レオンは寮に帰った。
いつもは夜中過ぎまでさわがしい学生寮も、もう静まる時間だ。

「さて、俺も寝るかな。」

ベットにもぐりこみ、レオンは目を閉じた。


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