試験と魔物




グラウンドにでたレオンは、選手控え場所なる所で軽く柔軟だけしておいた。
かなり上級な魔法の訓練もここで行うため、この学校のグラウンドは異常なほどに広かった。
その広いグラウンドの中央に、四方を結界で囲まれたバトルフィールドができている。
そして、いつの間にかそのバトルフィールドを、投影魔法で大きく拡大して校舎に映し出してあったりする。
ようするに、学校中の人間が見てるわけか。ちょっと恥ずかしいな。

『これより代表選考大会、第一試合を始めます。』

魔法を使って声を大きくした実況のアナウンスがひびいた。
まだ体がだるい。頭痛もしてきた。
ちと恥ずかしいけど、さっさと負けて寝よう・・・。

『特務部隊クラス所属、レオンと、騎士クラス所属、ヴィントの試合です。』

うわああぁぁあああ。
アナウンスが終わると同時、観客から大きな歓声があがる。
一回戦の第一試合だからだろう、異様なまでに観客が沸き立つ中、レオンはバトルフィールドに向かった。

「レオン。負けるなよっ!」

ふとキリンの声が聞こえたのでそちらを探してみたが、人がいすぎてどうにも姿が見えない。

「レオン〜。頑張ってね。応援してるからー!」

と、今度はサラの声。
そちらも探して見たが、やっぱり姿は見つからず。
仕方なくそのまま進んでバトルフィールドに入ると、今までうるさかった歓声が一気に遠くなる。
防音の効果もある結界みたいだ。

「オマエがアイテか。ヨロシクオネガイシマス。」

対戦相手らしい、騎士の格好をしたやつが型通りの礼をする。
嫌な感じがする声だな、と、レオンは思った。
人のものでないような、そんな感じだ。

「よろしくお願いします。」

とりあえず型通りの礼を返して、相手を見る。
そして、あることに気づいた。

「さ、では二人とも準備はいいかな。構えて!」

中央に立った審判の先生が両手を上げる。クロスして振り下ろしたら、試合開始だ。
・・・いや、待ってください。なんか準備よくないみたい。
何か、手にもってませんかその人。

『さぁ、注目の第一回戦。間もなく試合開始ですっ!』

アナウンスの声が遠く、聞こえる。
観客も沸き立ち、とても待ったをかけられる状況ではない。
仕方ないかぁ。・・・でもこれはちょっとやばいだろ。
レオンは息を吐いて意識を集中させた。やはり、普通の試合とは違うらしい。

『レオン選手はなんと素手で登場です。小手すらなしの運動着でどうやって戦うのか、注目です!』

アナウンスが興奮した声をはりあげる。
レオンが素手でいることを、余裕の表現だとでも思っているのか。
そう。相手の手には、剣があった。木剣ではない、真剣だ。
ついでにいうと、鎧に兜、盾まで持っている。完全装備だ。
冗談ではない。
普通の試合や練習では殺傷能力のある武器など禁止だ。
学生という未熟な身、当然だろう。
だからもちろん、鎧に兜に盾などという装備はしない。
だが。目の前の相手は、そのまま戦争しに行けるほどの完全装備だった。
武器ありだなんて、聞いてないぞ。
適当に負けようとしてんのに、ヘタしたら怪我するじゃないか!
心の中で叫んでみたが、時は容赦なくやってきた。

「試合開始!」

審判の手がクロスされ、一瞬のちに振り下ろされる。
−突然、何か嫌な予感がした。
理由などない、ただ漠然とした予感。
無意識のうちに戦闘に集中し、レオンは身構えた。

「マツリのハジマリだ。シネ。」

ヴィントと名乗ったソレは、剣を構え真っすぐにレオンに向かって来た。
一瞬で間合いを詰める速い踏み込みに、正確な急所突き。
俺を・・・殺す気か!?
試合ではありえない速度と攻撃性を持った突きを見て、一気に体が緊張する。
感覚を研ぎ澄ませ、あらためて意識を戦闘のみに集中させた。
ソレは突きを躱されたと見るや、すぐさま切っ先を返して薙ぎ払ってきた。
レオンはそれをギリギリまで引き付けて躱し、大きく後ろに跳んでソレとの距離をとる。

「おい、ヴィント! やめなさい!!」

あまりにも異常な攻撃に、審判の先生がヴィントを取り押さえようと剣を抜いた。
この学校の教師は、ほとんどが正規の部隊を目指し、挫折した者達だ。
正規の部隊にかなわないとはいえ、実力はそれなりにある。
負けはしないだろう。相手が普通の生徒であるならば。

「ジャマダ。キエロ!」

レオンに攻撃を躱されて気がたっているのだろうか、
今度は完全に人外の声で、ソレが叫んだ。
片手に持っていた盾を捨て、空いた手のひらを審判の教師に向ける。
聞き覚えのある詠唱が、レオンの耳に届いた。
サラと同じ、異常なまでに詠唱の短い最上級魔法―

「シャドウフレア!」

はじかれたように、ソレの前から闇がほとばしった。
闇属性の最上級魔法、シャドウフレア。
燃え上がる黒き炎は、物体ではなく触れた対象の魂そのものを燃やす。
魔法耐性がなければ触れた瞬間に即死だ。

「うわぁぁぁあああああああああ!?」

審判の先生が、絶叫をあげて剣を取り落とす。
ここからじゃ、助けは間に合わない―

「シャドウレジスト!!」

闇の炎が審判を飲み込もうとした瞬間、光が疾った。
光りは一瞬で審判を覆い、闇の炎を綺麗に霧散させる。
レオンの仕業ではない。
レオンでは、あの短時間に最上級魔法を防げるほどのバリアは作れない。

「ライトクロス!!」

さきほどと同じ声が響いた。
あれほどの上級防御魔法から、休まずに光の上級魔法。
こんなことができるのは、レオンの知る限りただ一人。サラだ。
バトルフィールドの結界の入り口に、いつの間にかサラが立っていた。

「フリーズランサー! ラルーヴァストライク!!」

間髪いれず、さらに氷の中級魔法、雷の上級魔法が駆けた。
躊躇ない。手加減もしない。・・・必要ない。

「先生! 大丈夫ですかっ!?」

サラが敵の注意をひいている隙に、レオンは審判のところに駆け寄った。
座り込んではいるが、無事のようだ。

「とりあえず、結界の外へ!」

サラが、魔法を連発しながら叫んだ。
レオンは恐怖で腰が抜けてしまったらしい、審判を抱えて結界の入り口に走った。
ここの結界は通常の魔法と違い、時間をかけて描いた魔方陣の上にできている。
壊せないこともないが、簡単に壊れるほど弱くはない。
レオンと教師が結界の外に出たのを確認すると、サラも外にでて結界を閉じた。
そして、レオンと協力して結界を限界まで強化する。
これでよほどのことがないかぎりは周りに被害はでない。
レオンはやっと落ち着いて息をはいたが、まわりは混乱につつまれていた。
逃げ出す者、悲鳴を上げる者、倒れる者、泣き出す者。
サラはレオンに結界を頼み、拡声の魔法を使った。
そして息を吸い、最大音量で叫ぶ。

『静かにしてください!』

あまりの大音声に、自分で耳なりがしたが、効果は抜群だった。
一瞬でほとんどの人間の動きが止まる。
今度はさきほどよりぐっと音量を下げて、サラは話を始めた。

『落ち着いてください。まず最初に、魔方陣の結界を扱える教師、および生徒は結界の強化にご協力お願いします。』

呼びかけに、ゆっくりとだが動き始めた者が数名。それを確認し、サラは続ける。

『大会のための医療班は、今の混乱で怪我をした人の治療をしてください。』

呼びかけに答えて、逃げ出した医療班が医療スペースに戻ってくる。
少しずつ、でも確実に、全員が落ち着きを取り戻し始めてきた。

『他の教師の方々は避難誘導をお願いします。生徒は先生の指示に従って避難してください。』

それだけ言い終えて、サラは魔法を解いた。
そして、隣のレオンだけに聞こえるように、小声で話しかける。

「あの敵、なんだと思う?」

あきらかに人外の者であるソレは、サラの知らないものだった。


「知らないけど…魑魅魍魎っぽい感じはするよな。新種の。」



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