魑魅魍魎(ちみもうりょう)




人に害をなす、強い力を持った魔物。
人の、負の感情から生まれるというそれは、魑魅魍魎と呼ばれていた。
魑魅魍魎には様々な種類があるが、大きく分けて6つのレベルに分けられていた。
一番強いのを特級、以降第一級、第二級、といった具合だ。
サラは、目の前の結界の中にいるソレを改めて見つめた。
レオンが新種の魑魅魍魎だと言ったソレは、人の姿をしている。
記憶の中を探ってみるが、人の姿をした魑魅というのは、聞いたことがない。
だから、新種?
でも、魑魅というのは、人の感情でできた怪物のはず。
だからこそ2000年もの間、ずっと同じだったと言うのに…
何かが、世界で起きているの…?
それとも、レオンが間違ってる?
人じゃないことは確実だけど…魑魅でもないもの。
う〜ん、どっちにしろ新種の生き物だなぁ…。
なんなんだろ、こいつ?

「そうだな、強さは第三級ってとこか?」

ソレが結界に体当たりして、結界の一部が壊れた。
そこを修復しながら、レオンが言った。

「最上級魔法をあれだけの詠唱で出せるし、第二級くらいじゃない?」

サラはそれに答えてから、ふと思いついたことがあって首をかしげた。
魑魅というのは、最初は全部第五級で生まれてくるらしい。
人を襲い、そして得られる負の感情を吸って成長するのだ。
第二級にまで成長するには最低五年間以上の活動が必要で、普通はそうなる前に発見されると文献で読んだことがある。
この魑魅が第二級だとすると、誰にも発見されずに五年間、隠れて人を襲い続けたということになるけれど…。
そんなことが、可能だろうか?

「こいつって、本当に魑魅なのかな・・・?」

思わず、サラがつぶやいた。

「よし、直接聞いてみよう。人の言葉が理解できんだろ。」

サラのつぶやきに対し、レオンは、あっさりと言った。
えっと。聞いてみるというのは、もしかして目の前のコレにですか?
だって敵じゃ・・・

「あの〜、質問していいですか〜?」

もう話しかけているぅぅぅぅ!
しかも敬語で話しかけてるぅぅぅ!!
そんな、答えてくれるわけな・・・

「ナンダ。コノケッカイをトケ。」

サラの考えを無視して、低い声が響いた。
答えてるぅぅぅぅ!!
サラは、思わず頭を抱えた。

「あなたは魑魅魍魎ですか?」

また、レオンがいつもと変わらぬ調子で質問する。
はぁ…、信じらんない。

「ソウダ。ユウキュウのチミモウリョウのダイゴキュウだ。」

またしてもレオンの質問に答えるソレ。
・・・ん?
悠久の魑魅・・・、聞いたことないなぁ。本当に新種だったんだ・・・。
いや、ちょっと待って!!

「第五級!?」

レオンと、サラの声が綺麗にハモる。
最上級魔法をあれだけの詠唱で撃ち、あれだけの近接戦闘能力を持っていて。
これだけの会話能力と知能を持っているのに、第五級?
冗談でしょう・・・。

「フフフ、イイ恐怖ダ!」

思わず絶句した二人を見て、ソレが笑い声をあげる。
そして、目の前でソレの体が光り出した。

「まさか・・・、進化?」

まだ少し震えの残る声で、サラがつぶやいた。

「その、まさかみたいだな。震えるのはやめだ。・・・全力で、狩るぞ。」

レオンが、声色を落として答えた。
目の前のソレが、光を失った。
新しい姿になったソレは、やっぱり人の姿をしていた。

「ふふふ、行くぞ?」

ソレが、しゃべった。先程までよりも、ずっと人間らしい声で。
そして、先程よりも強烈な体当たりを結界にぶちます。
これが、第四級だと言うの・・・?
いや、何であろうと殲滅するのみっ!
また心の中に生まれて来た恐怖を、気合を入れて振り払う。
その時、誰かが拡声の魔法を使って放送を始めた。

「これ以上はやばい。戦える者は全員で戦いましょう!」

まだ幼い、しかし凜として張りのある声だ。

「サラさん。きっと守りますから、ご安心を!」

ぶっ!
ほ、放送でこういうこと言うかなぁ・・・。
入れた気合をすっかりなくし、サラは思わず赤面してうつむいた。
放送したのは当然、隠れサラ親衛隊長のキリンだ。
サラの見た限り、生徒の中では一番優秀で、そこらの教師よりも強いだろうけど・・・。
それは、ちょっとまずいかなぁ。
強い相手に対し、集団で戦うというのは、一人で戦うよりもはるかに難しい。
まして、実践を知らない生徒では邪魔にしかならないだろう。
どうしたものかと迷っていると、続いてライド先生による雷が落ちた。

「バカモン!! 何を勝手なことしている!!!」

キィィィィィィィィィン!
相変わらず、プシケーですねー。
サラはひどく耳鳴りのする頭を抑えながら、心の中でつぶやいた。
とにかく声がでかい。
使う拡声魔法の音量を完全に間違っているとしか思えない。

「この件はすでにシャドウに連絡をした! 勝手なことをせずに結界を張れ!」

そのままのバカでかい音量で、ライドが一気にまくしたてる。
近くにいる他の教師や生徒が避難しているのに、気づいていない。

「だいたい、勝てると思っているのか? ええ?」

「はぁ、一応。」

キリンが、ひかえめに拡大した声で答えた。
―バカ。
サラは、心の中でキリンにつぶやいてから、全力で耳を塞いだ。

「バカモン。最上級魔法を使う時点で第三級以上、それが進化したんだぞぉぉぉぉ!」

耳を塞いでない人は鼓膜が破れただろうライドの叫びを聞きながら、ふむ、とサラは考える。
さきほどの魑魅とレオンの会話を聞いていたのはサラだけだ。
他の人はこれがまだ第四級ということも、新種だということにも気づいてはいない。
今のうちになんとかしないと、また混乱になる・・・!
まだ続くキリンとライドの言い合いを耳を塞いでやりすごしながら、サラはレオンに近寄った。

「ねぇ、レオン。どうする?」

なんとか会話ができる位置まで移動し、サラが尋ねる。

「シャドウに連絡したっていうし、結界張ってりゃいいんじゃないか?」

サラと同様に、全力で耳を塞ぎながらレオンは答えた。
全力で狩ると言った時の気合はどっかにいってしまったようだ。
まぁ、私も人のこと言えないけど・・・。

「レオン! サラさんとくっついてんじゃねぇぇぇぇぇ!」

それまでライドと言い合いをしていたキリンが、突然、レオンに向かって大音量で叫んだ。
別にくっついてたわけではないが、サラ、レオンとも全力で耳を塞いでいるため、話をするには自然と密着状態になる。
その瞬間をめざとく見つけられたわけだ。
だからぁ、そういうことを放送で言うなぁぁぁぁ!!!
キリンに向かって心の中で叫んだ瞬間。
結界が、破れた。
結界を支えていた力の大半を占めていたサラが、手を放してしまったからだ。

「ふふふ、行くぞ!」

結界を破って出て来たソレが、疾った。
狙いは、サラとその周辺!

「サラさんは、俺が守ぉぉぉる!」

レオンに向かって突進していたキリンが、そのままのいきおいでソレに突っ込んだ。
そして、剣を抜き、上段に構えて斬りつける!
基本どおりの踏み込み、型通りの構え、速く、鋭い振り下ろし。
テストなら、満点であろう一撃だが、反撃をまったく予測していない。
あれじゃ、まずい!

「うおああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ふん、十年速い。」

ソレは軽く右前に踏み込んで剣を躱し、掌でキリンの右脇腹に触れた。
密着した状態において、剣などなんの役にも立たない。

「フリーズ・ラン・・・」

「や・め・ろ!」

ソレが詠唱無しで中級魔法を撃とうとした瞬間、レオンの回し蹴りが完全にそれを捉えた。



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