希望、夢






何を望む?
何を求める?
小さな器で、もがいて、苦しんで・・・
何故生きる。何故死なぬ。

希望は何を生む?
夢が何を与える?
過去には戻れないのに。
未来は見れないのに。
人の子よ、小さな命を持つ者よ―


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



結局、選手選考大会は中止になった。
代表が決定したからだ。
まず、上級魔法を詠唱なしで連発できるサラ。
最上級魔法こそ使わなかったものの、あれだけの魔力を持っている生徒など、他に存在しない。
教師ですら、誰もできないだろうそれを、生徒のサラが実戦でやってのけたのだ。
サラがいなかったら、被害はすごいことになっていたに違いない。
教師達の協議の結果、女子代表は、満場一致でサラに決定した。
生徒達も、あの実力を間近で見せられては納得するしかなかった。
それから、キリン。
魑魅に真っ先に戦いを挑んだ勇気に、その実力。
レオンが辞退したこともあって、こっちも満場一致で代表に決定した。
こうして本来の日程が終了し、午後は自習となった。
今は、その前の昼休み。

「なんで、こうなるかなぁ・・・。」

サラは、誰にも聞こえないように小さくため息をついた。
目の前にいるのはライド。隣にいるのはキリン。
場所は、職員室。
代表に選ばれたと放送があり、職員室に呼び出されたのだ。

「いいか、この学園で代表となったからには・・・」

くどくどと、ライドが代表の心得なるものを話続けている。
隣のキリンは、真剣そのものの表情で聞き入っていた。
さすがは優等生・・・。
ふと、キリンの左腕に巻かれたギプスが目にとまる。
左腕はやっぱり折れたらしい。
医療班の話によると、あばらもひびが入ってるとか。
よく、レオンを元気に蹴飛ばしてたなぁ…
あはは、人のこと言えないか…
今度は盛大にため息をつくと、サラは天井を見上げた。
無事だった右腕で、そっと左腕に触れる。
骨こそ折れていなかったものの、筋肉が大分傷ついてるらしい。
押さえた左腕が、まだズキズキと痛みを訴えている。
あ〜あ、今頃はレオンとお弁当だったのになぁ・・・。

「・・・で、あるからしてだな。おぃ、サラ。聞いているのか!」

サラの様子に気付き、ライドが大きな声をあげた。
しまったと思いつつ、姿勢をただしてサラは即答する。

「もちろんです。」

「では聞こう。中央武闘会の会場と日時は?」

「王立高天原武闘場。神無月、壱の日です。」

「む、よし。学園の代表として、恥さらしにならんようにな!」

ぉ、止まった?
チャンス、逃げよう!!
サラはわかりましたと返事をして、ライドがこれ以上しゃべる前に礼をして、さっさと退出した。

「ふー、話が長いったら。あのまましゃべらせてたら、昼休みがなくなっちゃう!」

職員室をでて、廊下を歩きながらサラはぼやいた。
まったく、プシケーの説教好きは勘弁してほしい。
あのまま黙っていたら、本気で昼休みがなくなりかねなかった。
ぼやいてから廊下の時計を見上げ、時間を確認する。
よし、まだレオンとお弁当を食べる時間はある!

「サラさん!」

突然の呼びかけに答えて振り向くと、そこにいたのはキリン。
ま、またやっかいな人に・・・。

「な、何?」

「あ、お昼、一緒に食べないか? おごるよ。」

「ごめんなさい、お弁当持ってきたから・・・。」

「あ、じゃ、じゃあ俺も弁当買ってくるよ。」

う〜ん。どうしよう。
レオンと二人きりで食べたいなぁ・・・。
ちらっ、とキリンの顔をのぞいて見ると、必死な様子でこっちを見つめていた。
腕の包帯とギプスが、見れば見るほど痛々しくて…どうにも、断れる雰囲気じゃない。
まぁ、頑張って魑魅と戦ってくれたわけだし…
うー、仕方ないなぁ・・・。

「わかった。じゃあ、中庭の大きな木のところに来て。」

「あ、ああ! すぐ行くよ!」

いきおいよく走って行くキリンを見送りながら、サラは今日何回目かのため息をついた。

―From Leon―

見上げれば、雲一つない青空。
その中心で輝く太陽は、今が昼であることを告げていた。
風が、草花のいい匂いを運んでくる。
それに合わせて、ざわざわと大木が葉を揺らした。
人の気配はない、落ち着いた空間。
中庭の大木に寄りかかり、レオンはため息をついた。
そして、ゆっくり目を閉じる。
微かに触れていく風の中に、必死な虫の声が聞こえる。
ああ、みんな必死で鳴いてるんだなぁ…。
なんだか、その虫に妙な一体感を感じて、レオンは目を開けた。
木の葉が一枚、くるくると回りながら飛んで行くのが見える。
ぐきゅるるるるるるる!!
レオンは、鳴き声をあげる腹を押さえて、嘆息した。
俺の腹の虫も、必死なんだよなぁ。

「あー、腹減った・・・。」

誰もいない空間に、空気を振動させて言葉を創る。
ただ、それすらもわずらわしかった。
サラと弁当を食べるにあたり、この場所を選んだのはレオンだった。
草花や、背の低い木に囲まれた、中庭の中心地にある大木。
中庭ゆえ、それほどの広さはないのだが、校舎の中からは見えないようになっている。
それに、こんな所、ほとんど人が来ることはない。
ここなら、二人で弁当を食べていてもばれない。・・・はず。
だが、サラはライドに呼び出されて職員室に行った。
魑魅魍魎との戦いで、目立ち過ぎたのが原因だろう。
それで代表に選ばれたのだから、ライドの話は長いに違いない。
と、いうことは、昼休み中に戻ることはまずないだろう。
説教されることになれているレオンは、冷静に分析していた。

「食堂に行っちまおうかな。」

つぶやいた瞬間、怒るサラの顔が浮かび、ふるふると頭を振る。
いや、だめだ。バレた時に後が怖い。
まぁ、サラも食べて無いんだからな。我慢しなきゃ。
確か、午後は自習って言ってたな。
さぼってここで食えばいいかぁ。

「ん、誰か来るな。サラか?」

微かに、人の足音が聞こえた。
全速力で、何かが走って来る。
それが誰かを確認して・・・、レオンは目を閉じた。
気のせいだ。目の錯覚だ。知覚障害でもいいや。
とにかく、今見たものを否定したい・・・。
足音は、ありえないほどのスピードで近づいて来る。
ゆっくりと、レオンは再び目を開けた。

「レオン!? なんで、ここに?」

残念ながら、気のせいじゃ無かったらしい。
目も脳も正常だったようだ。
相手に気付かれないようにため息をついてから、レオンは身を起こした。

「俺は昼寝だ。確か、プシケーに呼び出されたんじゃなかったか?」

全速力で走って来た相手は、サラではなくキリンだった。
よほど急いでいたらしい。汗だくで、肩で息をついている。
その腕には、包帯とギプス。
重傷という話だったが、自分を蹴り飛ばしたことや、今の全力疾走を見ても、元気そうだ。
それにしても、何かあったのか?

「サラさんが、うまく話を切ってくれたから。もう解放されたんだ。」

ぜぇぜぇと、肩で息をしながらキリンが答える。
と、いうことは。サラも解放されたのか。
食堂に行かなくて正解だったな・・。
心の中でつぶやいてから、あることに気付いてレオンは首をかしげた。

「なぁ、なんで弁当?」

目の前で必死で息を整えているキリンが、購買の弁当を持っていた。
キリンは、レオンと同じく食堂派だったはずだ。
弁当は値段の割に量がないからと言って、嫌っていたはずだ。
中庭など、狭いし何も無いし、虫に刺されるだけだと嫌っていたはずだ。
それが、何故、このタイミングで、弁当を持って、ここにいる!?
いや、まずいって!
よりによって、一番ばれちゃいけない相手に・・・。

「ふふふ、聞いて驚くなよ?」

キリンが、得意げに笑って、弁当を右手で高々と持ち上げた。

「ついに、俺は勇気を振り絞って言ったのだ!」

誰に、何を、とはあえて聞かなかった。
なんとなく、わかった。

「一緒に昼飯を食べようと!」

そして、ここにいるわけか。
最悪の展開が、レオンの脳裏をよぎった。
まさか、いや・・・まさかだよな?

「そして、ついに俺は、サラさんとっ!」

こぶしを握り締め、キリンが空を見上げる。

「一緒に代表。一緒に昼飯。ああ、幸せだなぁ・・・。」

ああ、最悪だなぁ・・・。
実に幸せそうなキリンの笑顔を見ながら、レオンはため息をついた。
サラの、ばかやろぉぉぉぉぉぉ!!

「じゃ、邪魔しちゃ悪いから、俺はこのへんで・・・。」

「ああ、悪いな。あとでなんかおごるよ。」

「ああ、頑張れよ!」

心の中でサラに叫びつつ、レオンはキリンに別れを告げた。
とにかく、サラが来る前にここを離れよう。
後で怒られてもいい、食堂に非難しよう・・・!
そう決意したレオンの背後から、突然、声が降りかかってきた。

「あ、キリン君。速かったね。」

「うわぁぉぉあぁうぃぃぇぉぃぅっぁぁぁあああ!!」

聞いてない、聞いてない、聞いてない!
俺は何も聞いてないぃぃぃぃぃ!!!
レオンは、わけのわからない叫び声をあげると、全力で駆け出した。
背後から何やら声が聞こえるが、完全に無視だ。
そして、後ろを振り返らずに、一気に中庭を駆け抜けた。


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