太陽と月の誓い







全速力のまま食堂に駆け込み、レオンはその入り口でへたりこんだ。
あ、危なかった・・・。
ぜぇはぁと肩で息をしながら、額の汗をぬぐう。
確認はしなかったが、背後から聞こえた声は、サラに違いない。
まさに間一髪というやつだ・・・。

「ぅぅ、サラは怒ってるだろうな・・・。」

思わず逃げて来たものの、サラの怒る顔が鮮明に思い浮かぶ。

「かといって、あのまま残っていれば、あとでキリンに怒られるよな」

今度は親衛隊の連中に追いかけ回されることを想像して、レオンはまた首をすくめた。
俺に、どうしろっつーの!?
なんで、こうなるかなぁ・・・。
サラとの弁当、結構楽しみだったんだけどな。
はぁ、とため息をつき、呼吸を整えてから券売機に向かう。

「ぅー、今日は日変わり定食でいいかな。」

「違うでしょ?」

突然、背後から降りかかる冷たい声。
う゛。
な、なんか聞こえたような気がするんですが、気のせいですか?
き、気のせいですよね?
誰に、というわけではないが、とにかく祈りながら、ゆっくりとレオンは振り向いた。

「今日は、私と、お・べ・ん・と・う!」

「うぉぁぁぁぁぁ!?」

サラだった。ここまで全力で走って来たのに、振り切れなかった!?
くそっ、今度はそうはいかないぜっ!
走れ、俺!
今は逃げるんだ!!

「どこに行くの?」

「・・・、はい?」

いきおいよく食堂を飛び出して、なのに、目の前にいたのはサラだった。
確かに出口から外にでたはずだけど・・・?
なんで、食堂に入ってるんだ?
いや、振り返れば後ろも食堂・・・まじかよ・・・。

「合わせ鏡の結界!?」

その名の通り、結界に囲まれた空間を外界から隔離し、相手を閉じ込める結界。
出口は合わせ鏡のように内部につながっており、壁を壊してもそこに鏡があるかのように内部につながる。
術者も内部にいなければならず、また破るにはその術者を倒すしかない。
つまり、サラを殺す気にならなければ脱出はできない。
当然、レオンにそんなことできるはずもなく・・・
その場に、へたりこんだ。

「最上級結界かよ・・・」

「うん。昨日覚えたんだけど、便利だね。今度から使おう。」

まじですか。
最上級結界だぞ…?

「さ、なんで逃げたのか説明してもらおうかな?」

「いや・・・、キリンにばれるのはまずいかと思って。」

「なんで?」

いや、なんでって・・・、言われてもなぁ…。

「あのなぁ、わかってると思うけど、キリンはお前が好きなんだ。」

「うん、知ってる。」

うわぁ、あっさりと答えてるよ。
あれだけあからさまじゃあな。仕方ないけど・・・

「好きな子が他の男と弁当を食べてるなんて知ったら、嫌だと思うだろ?」

「うん。だから、キリン君も一緒に食べようって。」

いやいやいや、ちょっと待てって。
あー、もう。どうやって説明したらいいんだろ。

「あのな。まず、俺がいる時点で嫌なわけ。キリンとしては。」

「だったら、レオンはいいの?」

「・・・、は?」

「レオンは、私とキリン君が二人でお弁当食べててもいいの?」

「それは・・・」

嬉しいとはいえない。
けど、それでいいと願ってる。
キリンはまじめで、誠実で、心底良い奴だから。
俺は、大きな罪を背負った人間だから。
普通じゃ、ないから。

「まぁ、いいかな。キリンがどれだけ頑張っているのか、知ってるしね・・・。」

キリンは、本当にサラのことが好きだ。
だからいつも頑張って、成績トップを維持している。
頑張って、好かれようと努力してる。
できれば、それを応援してやりたい。

「うー、レオンの、バカぁぁぁぁ!」

「・・・ぇ?」

いきなり、景色がはじけた。
サラが結界を解いたんだろう、食堂の騒がしさが戻って来る。

「放課後屋上まできなさい!」

「屋上って・・・今日は、じいさんの所にって速っ!」

何やら、一昔前の番長みたいなことを叫び、サラは全力で駆け出した。
レオンはその背中を見送りながら、思わず、小さくつぶやいた。

「俺はさ、人殺しなんだよ。」

つぶやいてから、自嘲する。
だったら、なんでこんなところにいる?
どうして、シャドウに所属している?
何故、サラの隣にいる?
ここにいる資格すら、ないはずなのに。

「俺は・・・。」

結局、レオンは何も食べずに外に出た。
あてもなくふらふらとうろつき、気が付けば教室の自分の席にいた。

「卑怯な人間だよな。こんなにも、幸せを願ってる。こんなにも、平和を求めてる。」

自分の平和を、自分の幸せを・・・。

「他人の幸せと、他人の平和を守るんだ。奪っちゃいけない。それが、俺が生きることの枷だろう?」

かつて、幸せを奪ってしまったから。
かつて、平和を壊してしまったから。
命を奪うことの代償。
レオンが、自分で決めたはずの代償。

「ごめんな、サラ。」
レオンは窓の外の空を見上げ、小さく、小さく、つぶやいた。
太陽は、真上よりも少しだけ西に傾いていた。

―From Sara―

レオンの、バカ。
キリン君の気持ちはあんなに理解してるくせに、私の気持ちは全然わかってない!
そりゃ、キリン君も一緒にっていうのはまずかったと思うけど・・・あれじゃ断れなかったし。
でも、レオンにとっては、キリン君と私が、二人でいてもいいんだ。
私のことなんて、どうとも思ってないんだ。
私は、こんなにレオンのこと好きなのになぁ・・・。

「あ、あの。サラさん?」

「うん? ああ、ごめん。何?」

サラは一回思考を中断し、あわてて笑顔を作った。
レオンを食堂に置き去りにしてから、結局サラは中庭に戻って来ていた。
お弁当を置きっ放しだったし、キリンならまだ待っていると思ったからだ。

「いや、帰って来てから、なんだか不機嫌そうだから・・・。」

キリンにそう言われて、少し反省する。
考えてみたら、一緒にお弁当を食べているのに会話なし。
さっきからレオンのことばかり考えている気がする。
これじゃ、キリン君がかわいそうかな・・・。

「ごめんね。別にキリン君のせいじゃなくて、悪いのはレオンだから。」

「あ、う、うん。」

とりあえずレオンのせいにして、謝る。
キリンとしては、レオンと何があったのか聞きたかったけれども、なんとなく聞けなかった。
普段、笑顔を絶やしたことのないサラが、なんだか寂しそうだったから。
結局、また会話がぱたりとやむ。
もくもくとお弁当を食べながら、仕方なくサラは、またレオンのことを考え始めた。
考えたのはいいが、どうにも今はイライラする。

「レオンの、バカ。」

食堂での会話を思い出して、思わず言葉にしてつぶやく。

「ぇ?」

キリンが不思議そうにサラを見るが、それもあまり気にならなかった。
一度つぶやいたら、もう止まれない。
落ち着いたはずの感情が蘇り、サラは空に向かって叫んだ。

「レオンの、バカぁぁぁぁぁぁ!!!」

「えぇ!? えっと、どうしたの!?」

思いっきり叫んで、そしたらなんだかスッキリして、サラは笑った。
ああ、この雰囲気を壊すいいキッカケにもなったな。
サラは、ますます不思議そうな顔をするキリンに向き直って、もう一度笑った。

「大丈夫、スッキリした。ごめんね、なんか暗くて。」

サラは、笑う。
どんな時も、無理をして笑えるようする。
それは、まだ幼いときにサラが決めたことだった。
苦しくて、苦しくて、幸せを望んだ。
死の恐怖と、絶望だらけの世界で、どうしても捨て切れなかった希望だった。
でも、どんなに祈っても、叫んでも、幸せは来なかった。
苦しんで、裏切られて、それでも願い続けた幸福。
だから笑った。
自分で、幸せの定義を作った。
笑うこと。それが、幸せなんだと。
つらくても、苦しくても。
痛くても、悲しくても。
それなのに、レオンに会って教えられた。
本当の気持ち。本当の願い。
いつか、望んだいたはずの希望。
いつか、夢見ていたはずの、本当の幸福。
ただレオンに対してだけ、サラは怒る。
ただレオンにだけ、苦しいと、つらいと言える。
ただ、レオンにだけ、サラは涙をみせる。
いつからだろう…レオンを好きになったのは。
気が付けば、ずっとレオンを追いかけてた。 ずっと一緒にいたくて、ついてまわった。
本当の気持ちを聞いて欲しくて、感じて欲しくて、レオンを求めた。

サラは、自分自身の幸せを拒絶する少年を想って空を見上げた。
ただ他人の幸福と平和を願い、不幸だけを背負おうとする少年。
笑っていても、いつも悲しい目をしている少年。
私よりも深い絶望と、恐怖を知っていた。
それなのに、私の幸福を願ってくれた。
幻しか知らなかった私に、本当の幸せをくれた…。
大好きだから、自分の幸せを願って欲しい。
なによりも大切だから、自分のために笑って欲しい。
ねぇ、レオン。
私は、まだ幸せを望んでるよ?
あんな絶望も、恐怖も、もういらないから。
もう二度と、失いたくないから…
幸せを拒絶するのは、つらいよね?
悲しみだけを背負うのは、痛いよね?
あなたにも、自分の幸せを望んで欲しいの。
世界中が、平和だったらいいのに。
みんなが、幸せだったらいいのに。
レオンも、幸せだったらいいのに・・・。
私が相手じゃ、ダメかな?
ああ、放課後に屋上に呼び出したんだよね。
ちょうどいいや。今日、告白してしまおう・・・。
見上げた空に輝く太陽が、やや西に傾いていた。
もうすぐ、昼休みが終わる―



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