孤独な願い





―水の都マーナ―


木漏れ日が、優しく空間を満たしていた。
木々を駆け抜ける風の演奏に合わせ、小鳥たちは暖かく歌う。
空は晴天、雲一つない青空。
平和で静かなこの空間は、なんとも言えない眠気を誘ってくる。

「今日は、絶好の昼寝日和ですよね♪」

「フィオナ、まだ起きたばっかりだろ?」

部屋に響くレオンさんの声すら、今は眠気を誘う催眠術です。

「ぐぅ・・・。」

「おーい。ねぇってば。」

「ぐー、ぐー!」

「・・・いや、そんなあからさまな。いびきの真似で抗議されてもなぁ。」

「ぁぅ・・・レオンさん、だって眠いんです。」

私の必殺技、タヌキ寝入りが通用しないなんて・・・さすがレオンさんです。
ケガをしていても、その洞察力は鈍ってないですね。

「まぁ、仕事がないのは平和な証拠。こうも暇だと、眠くなるのも仕方ないけどな。」

「ですよねぇ・・・。一緒にお昼寝しませんか?」

「ああ、昼になったらな。でも、まだ朝だろ?」

「・・・ぐぅ。」

「フィオナ? おーい、フィオナああああああ!?」

だめだ、寝るのが速すぎる。
ほんの二秒で完全に寝てしまったフィオナに毛布をかけてやると、レオンはあきらめたように嘆息した。

「ん・・・それにしても、フィオナにも神様が来るとはね。」

毛布にくるまって、幸せそうに眠る少女の髪をなでながら、ふと十日前のことを思い出す。
アミティアとたった一人で戦い続け、小一時間。
さすがに疲れ、レオンの動きが鈍ったところに聖マーナ騎士団の第一大隊が応援に来てくれた。
致命傷はないものの、傷だらけだったレオンは、そのまま騎士団の人に病院に運ばれたのだが・・・
次の日、自分を引き取りに来たというフィオナは、出会った時のままに、無傷だった。
レオンは、およその傷なら一目で看破できる。
アミティアの炎に灼かれ、気を失った時のフィオナは・・・あきらかに重症だった。
一日どころか、一ヶ月かかっても完治できるような傷じゃない。
不思議に思って理由を聞いてみれば、夢のような空間で、神様に治してもらったとか。
相手が、フィオナでなければ。
または、自分も体験していなければ。
ウソだと、思うこともできたんだろうけど・・・

「やれやれ、神様は何を考えているのかな。」

変な奴に誘拐されて。
神様に、出会って。
神様に、神破奴から遠く離れた地に運ばれて。
これは、なんだ?
一体、俺に何がおきている?

「と、いうか・・・俺達を誘拐したのは、何者だったんだ?」

苦労して、シャドウ二人を誘拐したのに。
まるで、神様に会わせるのが目的だったみたいに、マーナに来てからは何も干渉してこない。
アミティアと戦い、入院している時でさえも、レオンは周囲への警戒は怠らなかった。
シャドウに何かすることが目的なら、傷を負っている時が一番狙いやすいだろうからだ。
それから、十日。
フィオナの家で暮らしている間も警戒を続けていたのだが、結局は何も起きてない。
傷は、ほぼ全快に近いところまで回復してきている。
よく効く薬草と、フィオナの不思議な治癒能力のおかげで、火傷の跡まで綺麗さっぱりだ。
ここまで何も起きないということは・・・やはり、俺を神様に会わせることが目的だったんだろうか。

「・・・目的がそうだとしたら、どうやって俺を神様に会わせたんだ?」

「教えてやろうか?」

「っ! 誰だ!?」

何もないはずの空間から、突然響いたのは不思議な声。
気をゆるめた瞬間とはいえ・・・、俺が気配も感じられなかった!?

「そう警戒するな、レオン。私じゃ。」

続けて響く、先程と同じ不思議な声。
今度は意識を集中させて周囲を探ってみるが、やはり声の主の気配すら感じられない。
まるで、本当になにもない空間がしゃべっているみたいだ。
はて、俺を知っているみたいだけど・・・気配のないような存在に、知り合いなんていないぞ。
いや、昔・・・本当に昔の小さいころ、一人いたなぁ・・・ちょっと違うけど、似たような奴が。

「あー、オバケに知り合いなんていないんだけど。」

警戒を解き、少し昔を懐かしみながら、レオンは目を閉じた。
瞬間、視界が閉ざされた闇の空間に、一人の少女が浮かびあがる。
世界中の何よりも、どこまでも純粋な少女が笑った。

「誰がオバケか! 久しぶりに会ったのに、なんと失礼な奴じゃ。」

「だってエルタニア、オバケの定義にはまりすぎだって。久しぶりすぎて、声も違ってるし。」

「むぅ・・・わしのような絶世の美少女の声を忘れるとは、お主の頭にはスポンジがつまっているのか?」

「おいこら、ばばあ。誰が絶世の美少女だって?」

「わしじゃ、わし。わしのような女子のことを、世間では美少女と呼ぶのじゃ。」

「どこの世間だよ。悪いもの食べて幻想でもみたのか?」

「むぅ・・・相変わらず失礼な奴じゃの。」

「まぁ、そっちも相変わらず変な奴だな。」

ああ、相変わらず元気で何より。
言葉には出さないが、レオンは心からこの少女との再会を喜んでいた。


ずっと、昔のお話。
ただ、生きたくて。
ただ、生きていたくて。
ただ、死ぬまで生きていたいと願った少年がいた。


出会うこと。
それは、奪い合いと同じだった。
一人で歩き、何かと出会い、殺し合う。
そうして、生きるために相手のすべてを奪うのだ。


走ること。
それは、逃げることと同じだった。
ただ無意味に走ることなんて、体力の無駄だった。
自分より強い敵と出会い、生きるために走るのだ。


何かに頼るなんて、できなかった。
何かを想うことも、できなかった。
ただ一人、ただ生きていた。


想いを持たず、願いを胸に。
悠久の大地を、孤独な少年が生きていた。


「最後に別れてから、八年になるのかな。」

「そんなになるんじゃな・・・。大きくなったの、レオン。」

「まぁ、俺は今までの人生の半分だからな。エルタニアは変わってないだろ。」

「うむ。わしは、悠久の時が過ぎても変わらぬ。」

記憶の中の純粋な少女は、やっぱり目の前の少女と同じだった。
ずっと、いつまでも、悠久の時が過ぎても変わらない。
だから、何よりも、時よりも純粋なんだ。
あまりにも純粋すぎて、それはまぶしいくらい・・・

「それでも、時は過ぎる、か。」

「そうじゃの。それだけは、全てに等しく永遠じゃ。」


太陽が昇り、月が昇る。
世界を照らすのは、いつだって光。
照らす光は闇を生み、生まれた闇が命を育んだ。
やがて空が命を見守り、そして大地が命を支えた。
すべては、時の流れるままに。
世界は、こうしてできあがったのだ。


孤独な少年はその日、時をみつけた。
悠久の大地に眠る、それは大きな、大きな時。
そこにあったのは、失われた時だった。
みつけること。
それは、奪うか逃げるかだった。
だけど、それは生きるために必要だったから。
生きるために、必要がないのなら・・・それは、初めての「出会い」。
少年は、時と出会った。


「さて、話したいことは山のごとくあるのじゃが。」

「時間がないんだろ。また会えるんだから、要点からでいい。」

知っている。
昔からそうだった。
永遠を生き、永遠に変わらないくせに、それでも時は流れるのだ。
だからこそ、この少女には時間がない。
純粋であるが故に、彼女は変わることができないから。

「そうじゃの、ではまずは彼女からの伝言を伝えておこうか。」

「・・・彼女?」

「サラと言ったか、なかなかの美人じゃの。私には勝てぬが。」

「俺に彼女なんていないよ。・・・待った、サラに会ったのか?」

「うむ。今はルーグルにおる。『レオン、私が行くまで死なないように』だそうじゃ。」

「ルーグルだって? はぁ・・・やっかいなトコに。」

「ルーグルに転送するよう指示したのが私なのじゃが。」

「犯人はお前か!? ってことはあれか、俺達を誘拐したのは協会の奴か?」

「その通りじゃ。・・・まずい、時間が少なくなってきおった。」

「うわぉ、とことん説明が欲しいけど仕方ない。要点だけさっさと言ってくれ。」

閉じた瞳の闇の奥で、純粋な少女が光を纏いはじめた。
まったく、間接的な仮想現実でも時間がないなんて。
世界は、そんなにも不安定なのか。

「レオン、大切なものを見失うな。」

「・・・何?」

「強い想いは世界に届く。そこに、意志があるのなら。」

「・・・エルタニア、それは―」


時に出会った少年は、初めて会話をした。
それは、自分以外の意志との初めての意志交換だった。
吐き出したのは、冷たい願い。
流れ込んで来たのは、暖かい想い。
喜び。怒り。哀しみ。楽しみ。
笑って、泣いた。
そして大地を想い、天に願う。
世界に、幸せを―


「レオン、生きるのじゃ。死ぬことで生まれる幸せなど、ない。」

「でも、それじゃ守れない。俺が生きることの代償は、幸せを守ることなんだ。」

「幸せを知らない者が、幸せに生きられない者が、他人の幸せを作れるのか。」

「・・・俺に幸せは作れない。だから、守るんだ。全てを賭けて!」


最後の日、そこには雪が降っていた。
雪は白くて、冷たくて、でも、綺麗に世界を包んでいた。
そう、すべてを包んでいた。
血の赤い色も、薄汚れた死体も、鈍く光る金属も。
なにもかもを、白く染めて。
だから、少年はすべてを見ていた。
決して忘れないように、すべてを脳に焼き付けて。
そして、失われた時が動いた。
孤独だった少年を、悠久の大地から送り出すために。


「何よりも強い願いは、何よりも強い力になる。だがそれは、強い想いが世界に伝える。忘れるな。」

「・・・何よりも、強く、なれるか。」

「誰よりも、願え。そして、誰よりも想え。世界がお前に力を貸そう。」

「・・・想いと、願いは違う。俺は、願いしか持てなかった。」


それは、はかない願い。
それは、つたなき希望。
想いを馳せる余裕も、想いを創造する時も、少年にはなかった。
ただ一つ、時がくれた想い。
それが、幸せの創造。


「想いは、もらうものではない。願いがあるなら、自分で創造できるものじゃ。」


孤独な少年は、世界に立った。
世界を見て、世界と話して、世界を歩いた。
初めて触れた想い。
初めて触れた、これが本当の希望。
暖かくて、嬉しくて、少年は叫んだ。
これが、幸福―


「エルタニア!」

「ふむ・・・今回はそろそろお別れじゃ。悠久の大地でまた会おう、レオン。」

閉ざされた視界の闇に、光が優しく舞い散った。
きっとそれは、純粋のカケラ。

「俺で、守れるか。俺が、創れるか。」

想いを。
願いを、世界に届けられるほど。
エルタニアが消えたことを悟り、レオンは、ゆっくりと目を開けた。
時は動いていない。
きっと、エルタニアが止めていてくれたのだろう・・・フィオナも、ぐっすりと眠ったままだった。
ああ、静かだし、ゆっくりいろいろと考えてみよう。
なんだか、多くのことがありすぎる・・・

「・・・待て。結局、エルタニアはなんのために来たんだ?」

あいつ、重要なこと何も言ってねええええええ!!
誘拐の目的は!?
神様の考えは!?
結局、俺に何をさせたかった!?
なんなんだ、あのババアあああああああ!!

「ああもう、とりあえずはマーナに来た意味か。・・・サラを待つしかないな。」

まったく。
時間がないのに変な会話をしていて、重要なこと聞き逃すなんて・・・。
まぁ、エルタニアもサラに会ったなら、理由も話しただろう。
で、サラはこっちに来るっていうし。
ヘタに動いてすれ違いになるより、傷を治しながら待ってるのがいいかな。

「やれやれ、こう幸せそうに寝られると・・・俺まで眠くなってくるよ。」

待つと決めたら、なんだか気が抜けてしまった。
誘拐犯がエルタニアなら、再来の心配もない。
重要なことが何もわからなかった以上、それが一番の収穫。
で、ふと隣をみれば、幸せそうに眠る少女。
陽気はぽかぽか、部屋に入ってくるのは優しい木漏れ日。
ああ、だれかさんじゃないけれど・・・今日は、絶好の昼寝日和だ。
まだ、朝だけどね・・・

「おやすみ、フィオナ。」

レオンは部屋をでると、リビングのソファにもたれかかった。
そしてそのまま、目を閉じる。
・・・誰よりも強く、想え・・・か。
エルタニアの言葉を思い出しながら、レオンは浅い眠りにおちていった。




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