月との出会い



「結局、なんにもなかったな・・・。」

つぶやいて、レオンは不思議そうに首をかしげた。
寝かされていた部屋を出て、そのまま街に出るまで・・・警戒していたのだが、何も起こらないままだった。
見知らぬ街ではあるが、活気あふれる住民すべてが敵とは思えない。
美しい水の都を歩きながら、少年は少しだけ周囲への警戒を解いた。
やけに立派な体格の男が多いけれど、ここは普通の街だ。

「さて。ただ歩いていても楽しい場所だけれども・・・そうはいかないな。」

サラはどこにいるかわからないけれど・・・たぶん無事だろう。
自分よりも先にくたばってくれるほど、弱くない。
となると・・・高天原に戻るのが先か。
現在地を知るために見知らぬ街の周囲をぐるりと廻って、レオンは空を見上げた。

「太陽が・・・だいぶ違う位置にあるな。」

仕事上、神破奴のいたるところに行ったことがあるけれども、ここはまったく知らない場所だった。
街が浮かんでいるような湖も、周囲の森も・・・あんな木、見たことない。

「はて・・・国境を越えているとなると、やっかいだな。」

そういえば、と少年は自分の服を見下ろした。
周囲の人もそうだが、神破奴の服装とは基本的な構造が違っている。
地方の民族衣装とでも思っていたけれど、これはまるで・・・

「うわさに聞く、教国の聖マーナ騎士団みたいだな。」

白を基調とした上下に、胸の十字架。
つーか、なんで俺はこんな服装を・・・気づくの遅っ!

「あー! やっと見つけたです!!」

声がして振り向くと、見知らぬ少女がこっちに向かって走って来ていた。
全力で走っているみたいだけど・・・トロイな。
あ、しかも転びそう。そこは、でこぼこして・・・

「ぴぎゃふ!」

短い悲鳴。
予想通りの結果に、レオンは苦笑して近寄った。
見知らぬ土地で、自分を知っている少女。
怪しいことこの上ないけれど・・・とても誘拐犯には見えないな。
・・・ようするに、倒れていたところを保護してくれたのかな?

「大丈夫か?」

「あぅ・・・どうもです。」

空色の髪に、澄んだ水色の瞳。
後ろで長い髪を束ねた少女は、涙目になりながら立ち上がった。

「えっと、私はフィオナ・リーアです。とりあえず。」

「俺はレオン・アシュファ・ウッドフォード。とりあえず。」

「よろしくです〜。」

「よろしくです〜。」

って・・・出会ったばかりなのに、つい同じ口調になってしまった・・・。
妙な自己紹介を終えて、レオンはちょっととまどった。
同年代の人間と比べて、様々な人に会って来たつもりだったけど・・・初めてのタイプかもしれない。

「まったく、勝手に動き回ったりして・・・傷はもう大丈夫ですか?」

「傷? そういえば・・・」

フィオナに言われて、レオンは左腕に触れた。
偽物に、短剣で斬りつけられた傷が・・・ない?
まったく異常がないから気が付かなかった・・・俺、斬られたのに。
左腕も、脇腹も、傷の跡すらないことに気づき、レオンは驚いた。
重症とまでは言わないが、浅くもない切り傷だった。
例えば一年ほど意識がなくて、傷が完治していたとしても・・・傷痕は残るような傷だった。

「って・・・まさか。」

レオンは、慌てて服の襟を掴み、自分の体を見下ろした。
ほんの小さな子供のころから戦い続けてきた跡すら・・・消えている。
今のレオンに、昔の古傷というのは存在しなかった。

「もう大丈夫なんですか!? はわー・・・丈夫なんですね。」

レオンが驚いているのをみて、フィオナも驚きの声をあげた。
自分の特別な治癒能力とはいえ、限界がある。
体力、生命力のある人はやっぱり治癒速度が速い。
普通なら完治まで3日かかるような傷だったのに・・・すごいです。

「あ、もしかしたら相性がいいのかもしれません。」

「相性が?」

知り合ったばかりの少女の不思議な発言に、レオンは首をかしげた。

「父様が言ってたのです。波長の合う人にはすごい効果があるって。」

「波長・・・効果?」

なんだかよくわからない。
ようするに・・・相性がいいから、傷が治ったのか?
いや、なんで?

「私とレオンさんです。あと、相性がいいと仲良くなれるそうです。」

「はぁ・・・そうなんだ。」

本当に嬉しそうに笑うフィオナに、レオンはあいまいにうなずいた。
どうにも・・・ペースがおかしい。

「そんなわけで朝ごはんにご招待です。お腹、空いてませんか?」

「へ? あ、うん。お腹は空いてるけど・・・」

何がそんなわけなんだろう・・・?
ていうか、なんで朝飯?
傷は・・・なんで治ったんだ?
言いたいことは山ほど浮かんでくるのだが、何故か疑問は言うことができなかった。
なんとなく行方不明の親友を思い浮かべ、レオンは肩をすくめた。

「じゃあついて来て下さい。」

「ん、わかった。」

そう言って、くるっと方向転換したフィオナの前にあるのは・・・

「足元、危な・・・。」

「ぴぎゃふ!」

先程と転んだのと同じ、でこぼこだった。
やっぱり、トロイ・・・。
フィオナを助け起こしながら、レオンは笑った。



―聖ヴァチスカン教国、byフィオナ―



水無月、壱の日。
今日はすごい人に出会いました。
普通なら3日かかるような傷を、ほんの3時間ほどで完治させちゃう人です。
私のお部屋に寝かせていたのに、勝手に歩き回っちゃって困った人ですけどね〜。
あ、それから、レオンさんと私は相性がいいみたいです。
優しいですし、仲良くなれたら嬉しいです。

「ねぇ・・・さっきからそれ、何を書いてるの?」

「えっと・・・メモです。見てはダメです。」

家に向かう途中、私が手帳に出来事を書いていると、レオンさんが不思議そうにのぞき込んできました。
私は昔から忘れっぽい性格をしているので、今ではメモが必須なのです。
レオンの視線から手帳をはずすと、フィオナは再び何かを書き始めた。

「まぁ、いいけど・・・前見えないでしょ。」

「大丈夫です。ずっと住んでますから、家まで迷子にはならないです。」

「いや・・・そうじゃなくて、足元とか・・・」

「ぴぎゃふ!!」

レオンが忠告するやいなや、フィオナは前のめりに転んだ。
・・・痛い、です。
どうせ警告してくれるなら、もう少し速くがよかったです・・・。

「・・・、大丈夫?」

「はぅ・・・いつものことですから。」

「まぁ、そうだろうね。」

レオンさんはあきれたように助け起こしてくれました。
あぅ・・・もう、3回目です。
慣れてますけど・・・なんとなく恥ずかしいです。

「おや、フィオナちゃんじゃないかい?」

「あ、コリーおばさん。おはようございます。」

私を呼ぶ声がして振り向くと、そこにはコリーおばさんがいました。
コリーおばさんは、近所に住むおばさんです。
とても優しくて、料理がすごく上手なんです。

「あれ、かっこいい男を連れちゃって。彼氏かい?」

「えーと、レオンさんです。今朝、森で拾いました。」

「うんうん、森でねぇ。フィオナちゃんもお年頃ってことかねぇ。」

「お年頃、です?」

「大人になったってことだよ。」

「はわ〜。私、大人になったんですか。嬉しいです。」

えへへ、コリーおばさんに褒められてしまいました。
今日はいいことがたくさんあって、嬉しいです。
フィオナが手帳を取り出して早速書き込んでいると、コリーは急に真剣な顔をして話し出した。

「ところでフィオナちゃん、森に行って・・・何もなかったかい?」

「はい、いつも通りでしたよ。」

「そうかい・・・。でもね、フィオナちゃん。明日からはやめた方がいいかもしれないよ。」

コリーおばさんは真剣な目で見つめてきました。
何かあったのでしょうか。
戦があるのはいつものことですし、朝は平和ですのに・・・。

「最近ね、大きな戦がないだろう?」

「はい、平和で嬉しいです。」

「ああ、平和ならいいんだけどね・・・どうも、魑魅の大量出現が原因らしいのさ。」

「魑魅魍魎が・・・ですか?」

魑魅魍魎なんて、今までだってたくさん出てますけれど・・・。
すごく大量に、森に出たんでしょうか。

「だからね、朝でも森は危険なんだよ。わかったね。」

「はぅ・・・わかりました。」

残念ですけど、仕方がないです。
はぅ・・・悲しいですね。
フィオナはやっぱり手帳に書き込むと、悲しそうにため息をついた。




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