太陽と闇の出会い



「ただいま〜。ラズリー、お風呂を沸かしてくれないかな?」

戦場から見慣れた家に戻り、ヴォルフレッドは肩の力を抜いた。
あれからすぐに帰って来たので、体はかなり悲鳴をあげている。
前線基地で、血だけでも流してくるべきだったかな。
なんか今日は、疲れたんだよね。
血で染まった上着を脱ぎながら、少年はまっすぐに脱衣所を目指した。
お風呂が沸くまでは少し時間がかかるだろうけど、水でいいから血を流したい。

「おかえり、兄さん。お風呂なら一応沸いているけど・・・。」

家の奥、居間から妹のラズリーが答えた。
いつもと違って全身に血を浴びているので、お風呂が沸いているのはありがたい。
ゆっくり入って、すぐ寝よう・・・。

「ちょっと待って、兄さん!」

ふらふらとした足取りでヴォルフレッドが脱衣所に向かうと、後ろから妹の足音が近づいて来た。
すぐに、はっと息を飲む気配があった。

「大丈夫、僕は怪我してないよ。」

血に染まった自分を見て、ラズリーがどういう反応をするのかはわかっていた。
何も聞かれないうちから答えを返すと、少年は立ち止まらずに奥へと向かう。
それからほんの数秒後、ようやく脱衣所にたどり着いた。
広い家じゃないのに、疲れているせいかとても遠く感じたな。
と、また後ろで息を飲む気配があった。

「無事ならいいんだけど、兄さん!」

「ごめん、あとでなんでも聞くから・・・とりあえずお風呂に入らせて。」

「違うの、そのお風呂に―」

そういえば、何でこんな時間にお風呂が沸いているんだろう・・・
疲れた頭で、そんなことを考えてみる。

「私のお客さんが、入っているの!」

ラズリーが叫ぶのとほぼ同時に、ヴォルフレッドは扉を開けた。
一瞬で、少年の動きが止まる。
自分で開けた脱衣所の扉。
その向こう側に、開いたお風呂場の扉。
その境に、お湯を滴らせたとても綺麗な裸の少女―

「え・・・?」

まず目についたのは、濡れているせいか綺麗に光を反射する空色の髪。
そして、光をもったとても綺麗な空色の瞳。
少し視線を落として、上気でほんのわずかに赤く染まった素肌。
よくみると、そこかしこに傷痕があるけれど・・・

「いつまで見てるの、変態!」

それは傷ついた天使のようで思わず見取れていると、すぐに後ろから回し蹴りが飛んできた。
見取れていたけれど、時間にしたら数秒じゃないかなぁ・・・。
手加減をしらない妹の蹴りで床に叩きつけられながら、少年は心の中で文句をつぶやいてみる。
疲れた体にこれはひどい。
けれど、口に出したらきっともっとひどい。
うつ伏せに倒れたまま、少年はおとなしく妹に引きずられてその場から退場した。


―ベルクヘヴン帝国、by,サラ―


「えーと・・・初めまして。僕はヴォルフレッド・K・ディスクリード。ラズリーの兄です。」

「あ、初めまして。私はサラ・リクスといいます。」

サラが着替えて、次に少年がお風呂に入って、その後のリビング。
とりあえず自己紹介をしたあと、ヴォルフレッドはとりあえず頭を下げた。

「えーと、とりあえずごめんなさい。いろいろと。」

「あ、いえ。こちらこそ、お邪魔しています。」

「いや、悪かったのは僕だし・・・」

「いえいえ、私が勝手にお借りしていただけで・・・」

「いやいや、僕が・・・」

「いえいえ、私が・・・」

その出会いのことでお互いに頭を下げあっていると、どかっと大きな音がした。
サラがびっくりして顔をあげると、ラズリーが少年の頭をテーブルに叩きつけているのが見えた。

「遠慮しなくて大丈夫よ。私がもう少し叩いておこうか?」

「え? いや、本当にもう気にしていないから・・・。」

冗談でなく、同意すれば実行するであろうラズリーに答えながら、サラは少しだけ後ずさった。
そういえば、脱衣所でも・・・血まみれのヴォルフレッドさんを蹴倒してたっけ。
怪我じゃなくて返り血だったらしいけど、すごい・・・。

「そう? サラがそういうなら良いけれど。」

そう言ってヴォルフレッドから手を放すラズリーが、少し残念そうに見えたのは・・・気のせいだろう。
優しい子なのに、どうして・・・お兄さんが本当に好きなのかな?
なんとなく、自分のレオンに対する反応に似ているような気がして、サラは笑った。
レオンは大丈夫かなぁ・・・。
私のこと、探してくれているのかな?
遠く、神破奴の空を思いながら心の中でつぶやいてみる。
サラは、レオンも自分と似たような境遇にあることを知らなかった。
気絶して、神様に出会って、光に包まれたと思ったら帝国にいたのだ。
しかも最悪、聖ヴァチスカン教国との戦争の最前列、防衛都市ルーグルだった。
険しい山に作られた高山都市で、自然の要塞として帝国軍の拠点となっている。
山のふもとに広がる広大な森が戦場で、定められた国境はなく、戦が絶えることのない地域だった。

「あ、そうだ。ヴォルフレッドさん。」

「ん、何? ああ、名前長いからヴォルフでいいよ。」

「じゃあヴォルフさん。最近、森では魑魅が大量にでて戦争が小康化していると聞いたんですけど・・・。」

そう、街で聞いたその噂がせめてもの救いだった。
隣国は阿修羅、教国とどちらとも交戦状態にあるため、ベルクヘヴンから神破奴に向かう道がない。
うまく聖ヴァチスカン教国にでも密入国できればいいけれど・・・。

「ああ、それは本当だよ。ルーグル近くはまだ平穏だけど、森の奥ではかなりやばいらしい。」

「そうですか。」

ヴォルフさんがそういうなら、間違いないかな。
少年の答えをほぼ無条件で信用し、サラはうなずいた。
幼いころからの経験で、サラはある程度、人を見る目に自信があった。
そして、その勘はヴォルフレッドが信用できる人物であると告げていた。
まだ、若いのに、かなりの修羅場を知っている瞳。
それでも、とても優しい光をもった瞳。
そんな人物を、サラは他に一人しか知らなかったから。
レオンと雰囲気が似ているから、安心できるのかもしれない・・・。
もちろん口には出さずに思うと、サラは合い向かいに座る少年をこっそりと観察してみた。
光を通さない漆黒の髪に、同じく闇色の瞳。
優しくて穏やかな雰囲気の顔立ちに、いつも落ち着いた表情。
体格は標準よりも細い方だろうか、あまり筋肉質にも見えない。
純粋な魔術師タイプ、かな。
と、少年がものすごく眠そうにあくびをしたので、サラは思考を中断した。

「あの、大丈夫ですか?」

「あ・・・ごめん。ラズリー、悪いけど僕は寝かせてもらうよ。サラさんは、ゆっくりしていってね・・・」

よほど疲れていたのか、ヴォルフレッドはふらふらと立ち上がると、やはりふらふらと歩きだした。
ラズリーが慌てて立ち上がり、その後を追う。
サラもなんだか放っておけずに、立ち上がって補佐にまわった。

「っと、別に部屋くらい一人で行けるよ・・・。」

「こんなにふらふらで、何言ってるの。もっとしっかりしてから言って欲しいわ。」

口では文句を言うものの、ラズリーは本当に心配そうに兄に肩を貸した。
やっぱり、お兄さんが好きなんだろう。

「って、サラさんまで。僕は、そんなに頼りないかな。」

「とりあえず今は。私の好きでしていることですから、おとなしく支えられてください。」

ラズリーの反対側でヴォルフレッドを支えながら、サラは答えた。
なんとなく、放っておけない気がしたのだから仕方ない。

「やれやれ・・・なんだか情けないけど嬉しいような・・・」

「兄さん、それ以上鼻の下伸ばしたら落とすわよ?」

「いや、だってこんな綺麗な女の子がすぐ隣にいるんだよ?」

ズドン。
兄に貸していた肩を軸に、ラズリーの見事な一本背負いが決まった。

「女たらし。そこで伸びてなさい。」

ラズリーはそう言い残すと、本当に兄を床に捨てたまま居間に帰ってしまった。
うん、私は怒らせないようにしよう。

「・・・えーと。大丈夫ですか?」

「まぁ、慣れてるから。」

残ったサラの手を借りて、ヴォルフレッドがふらふらと立ち上がった。
まったく、慣れているなら余計なこと言わなければいいのに・・・。

「あ、ラズリーが乱暴なのは僕にだけで、本当は優しい子だから安心してね。」

「はい、わかっています。ラズリーにはいろいろと助けていただきましたから。」

本当に、私が帝国に飛ばされて、ラズリーにはずいぶんとお世話になっている。
こうして家に招いてくれたし、神破奴に帰る前に、お礼をしていかなくちゃね。
ヴォルフレッドを部屋まで支えながら、サラはこれからの予定を考え出した。



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