エルタニア、降臨



―ルーグル、by,サラ―


空は快晴。
雲一つない完っ璧な青空に、光の球がぽっかりと浮かんでいた。
夏の太陽はこれでもか、とばかりに地上を灼き、ときおり吹く風は暖かい空気を巻き起こす。
今日は、まさに絵に描いたような真夏日和だった。

「暑い・・・山だから涼しいと思ったのに・・・」

ルーグルの中心街を歩きながら、サラは額の汗を拭った。
ヴォルフレッドを寝かせた後、考えがまとまらなかったのでとりあえず街の見学に出たのだ。
ところが、家の外は神破奴と比べて暑いこと暑いこと。
朝が涼しかったから、すっかり騙されたよ。

「あれ・・・何だろう。」

あまりの暑さにうんざりしながら歩いていると、面白いものを見つけた。
街の中央部、小さな噴水のある広場。
その噴水の頂上に立って微動だにしない少女。
最初は石像か何かかと思ったけれど・・・女の子だ。
両腕を前で組み、両足はきちっと揃えて、背はぴしっと伸びている。
足元から完全に濡れねずみなその少女は、サラの見ている間も微動だにせず、ただ一点だけを見つめていた。
近寄ってよく見てみると、なんだか無意味にえらそうに思えた。
なんだろう・・・何をしているんだろう?
とても興味はあるのだが、道を行く人達はまったく気にしていない。
噴水の前で不思議そうに少女を見上げているのはサラだけだった。
もしかしたら、この地域では当たり前のことなのかな?
だとしたら・・・理由を聞くのは失礼?
でも気になるなぁ・・・。
しばらく噴水の前でうろうろしながら迷っていると、噴水の上の濡れねずみが視線をサラに向けた。

「おい、そこの娘。私が見えておるのか?」

やたらと無意味にえらそうに、その少女はたずねた。

「うん、バッチリ見えてるけど。」

見えてるかって・・・消えているつもりだったのかな?
意味の分からない行動に、意味の分からない質問。
サラは心の中で首をかしげながら、それでも質問には答えてみた。
反応してくれたのは嬉しかったし、理由を聞けるかもしれないからだ。
謎の少女はサラの答えに満足そうにうなずくと、噴水から飛び降りた。
そしてサラの目の前まで来ると、その目をじっとのぞき込む。
瞬間、サラの思考すべてが吹き飛んだ。

「ふむ、おぬしが太陽の器か。なるほど、良い目をしておる。」

「・・・あなたは、誰。いや、何?」

じっと目をのぞき込まれて、サラは反射的に身を引いた。
恐れとは違う、けれどもそれに似た感情がサラを支配する。
汚れが全く感じられない、純粋すぎる目。
汚れが全く感じられない、純粋すぎる心。
純粋すぎるものは、あらゆる事物と同化する。
闇とも、光とも、太陽とでさえも。
これ以上、この少女に近づいては・・・いけない。

「なるほど、まだ同調レベルが足りていないのか。」

サラの質問には答えず、少女は残念そうにつぶやいた。
相変わらず意味のわからない言葉だったが、もうそんなことは気にならなかった。

「あなたは、何?」

暑さとは違う理由で汗をかきながら、サラは再度少女に尋ねた。
存在事態が、自分達とは違う。
噴水の上にいたりとか、そんなもの以前にここにいてはいけない存在だと感じた。

「となると、まだ神器は使えぬか。他の器に期待するしかないかの。」

「あなたは、何ですか。」

三度目の正直。
サラが目をそらさずに敬語で尋ねると、謎の少女はようやくサラに視線を戻した。
なるほど、私より幼く見えるけど・・・仕方ないか。

「私のことが知りたいか。ふむ・・・そうじゃの、月夜霊はまた会うと言っておったか?」

「月夜霊様ですか? はい、またお会いできるとおっしゃってました。」

「ならば奴に聞け。これから大急ぎで他の器も確かめねばならんでの。」

謎の少女はそう言うと、光を纏った。
呪文もない、魔法構成もない、それは純粋な魔力の力。
人間には決してできない、これが本当の『魔法』
月夜霊様・・・月の神を奴呼ばわりするこの少女は、一体何なんだろう。

「そうじゃ、これから月の器・・・レオンに会うつもりじゃが、伝言はあるかの。」

「レオン? レオン・アシュファ・ウッドフォードですか?」

「うむ、天照から聞いておる。お主と仲が良いそうじゃからな。」

光を纏ったまま、少女がそう尋ねた。
月の使いとか、よくわからないことばかりだけれど・・・私と仲の良いレオンと言えば一人しかいない。

「じゃあ一言だけお願いします。すぐには戻れないけれど、心配しないでと。」

「む・・・月夜霊から聞いておらぬのか? レオンもお主と同じ状況にあるはずじゃが。」

「・・・はい?」

レオンが、私と同じ状況?
じゃあレオンも・・・神破奴からはるか遠くまで飛ばされているの?

「ふむ、月と太陽の出会いでは・・・時間が足りなかったか。レオンは、今マーナにおるぞ。」

「マーナ・・・って、ルーグルと戦争してる国の最重要拠点じゃないですか!?」

「正解じゃ。ついでに告白しておくと、お主とレオンを誘拐をしたのは私の部下じゃ。」

「はい? そんな、どうやって私達を神様に・・・」

「ふむ・・・徹底的に説明してやりたいところじゃが、あいにく私が『世界』に干渉できる時間も少ない。」

だんだんと、少女の纏っている光が強くなっていく。
月夜霊に飛ばされた時と同じ、それは暖かくて優しい光。

「あなたは、一体・・・」

「私の名はエルタニア。それ以上は月夜霊か天照に聞け。レオンへの伝言だけ、速く言うといい。」

「っ・・・レオン、私が行くまで死なないように、と。」

「承知した。伝言は一字一句違えずに伝えておこう。」

少女の声が終わるとほぼ同時、纏った光が膨れ上がってはじけた。
細かい光の粒子が風に舞い、サラの隣を駆け抜けて行く。

「ふ・・・はあぁぁ。」

少女が消えたとたんに恐怖に似た感情も極度の緊張もほぐれ、サラはその場にへたり込んだ。
額の汗を拭い、緊張で乱れた呼吸を整える。

「なんだろう、わけがわからないよ。私達に、何が起こっているんだろうね・・・レオン。」

一つ山の向こう、戦場となっている森。
そのさらに向こうにある水の都。
そこにいるというレオンに心で話しかけながら、サラは今の状況と情報を整理してみることにした。

「目的は何? エルタニアさんの言うことを信じるなら・・・神様が、私達に何かを求めているのかな。」

推測を口にしてみたものの、とても現実的な考えとは思えなかった。
月の神、月夜霊。
実際に目の前にして・・・圧倒された。
あれが、神という存在。
彼らにできないことは、私達にはできないだろうね。
じゃあなんだろう、なんなんだろう。
私は、何のためにルーグルにいるの?
レオンは、何のためにマーナにいるの?
何故、どうして・・・
いくら考えてみても、疑問だけがからまわる。
エルタニアさんは、私にしか見えていなかった。
どうして?
私が・・・太陽の使いだから?
太陽の使いって一体・・・?

「って、そういえば周りの人から見たら私って・・・」

変な女その1。
何もない空間を見上げ、独り言を叫んで何やら一人で焦っている変人そのもの。
そう気がついて、頭に回っていた血は一気に下がった。
一瞬前とは違う種類の汗をかきながら、恐る恐る周囲を見回す。

「・・・普通、だね・・・。」

予想に反して、見回した視線の先にサラを意識しているような人はいなかった。
町の人達は何事もなかったかのように噴水広場でくつろいでいる。
坊や、目を合わせてはいけません!!
っていうような反応があると思ったんだけれど・・・
ああもう、私の頭じゃ理解不能〜!!
次々に沸く不思議な現象、解けない疑問。
朝からいろいろなことを考え続けてきたサラの頭は、ついにオーバーヒートを起こした。

「ああもう、これだけ問題があって何一つとして解決しないなんて〜!!」

どうせ変な目で見られないなら、とサラは思いっきり叫んでみた。
ところが次の瞬間、何事かという街の人達の視線がサラに降り注ぐ。

「・・・へ? な、なんで?」

慌てて周囲を見渡すと、まだ小さな少年と目があった。

「坊や、目を合わせてはいけません!!」

その母親らしい人物が、慌てた様子でその少年を抱き抱える。
な、な、なー・・・?
何が一体どうなってるんだよぅ。
何だって今頃みんな反応するんだよぅ。

「く、くきぃ〜!!」

とりあえず断末魔の叫び声をあげると、サラはその場から全力で走り去った。
実はエルタニアと話している間、彼女が周囲の時間を止めてくれていたのだ。
だが、わけのわからない感情に支配され、エルタニアしか見えていなかったサラはそれに気づかなかった。
ただ、それだけ。

「まったく、慌ただしい娘じゃの。しっかり頼むぞ・・・お主に、純粋な時の恩寵を。」

サラに加護を送ると、エルタニアは世界と同化し、空間の狭間を駆け抜けぬけた。
想いと願い。
似ているけれど、それは異なるモノ。
ヴォルフィード・・・私達の選択は、間違っていたのじゃ。
狭間を駆け抜け、世界を渡る。
時間はない。
今、私にできることは―
世界の何よりも純粋な少女は、今はひたすらにマーナへと走った。




戻る