ここは、戦場の森





―戦場の森、by,レオン―


「あ・・・大丈夫ですか!? 今すぐ治療を・・・」

「みんな、救急患者よ! こっちに来て!」

フィオナがすぐさま倒れ込んだ兵士の前に座り込み、リンは後ろでくつろいでいた仲間を呼ぶ。
レオンはその様子を視界に収めながら、注意深く茂みの奥の気配を探った。
レオンは昔の経験から、一目でだいたいの傷の具合を看破できる。
この兵士の負っている傷はほぼ致命的で、これほどの傷では遠くまで移動できない。
それはつまり・・・原因がこの近くにいるということ。

「ぐ・・・俺はいい、逃げ・・・がはっ! 逃げろ!!」

血まみれの兵士が、血を吐きながら叫んだ。
吐いた血が、そばに座って傷の手当をするフィオナを濡らす。

「魑魅・・・がは、ぐぅ・・・ごほっごほ! アミティアが、そこにいるんだ!!」

兵士は、口から血を撒き散らしながら必死に訴えた。
アミティア。
それは、世界中の教科書に載っているくらい有名な魑魅魍魎。
実力は第一級の下位といわれ、倒すのには聖マーナ騎士団の中隊クラスが必要とされるほどの魑魅魍魎だ。
とても、傷ついた兵士や、戦闘能力のない医療部隊の人達で太刀打ちできる相手じゃない。

「な、なんですって!? 大変、患者たちを避難させないと!」

兵士の必死の叫びに、医療部隊の人達は青ざめて施設に駆け込んだ。
リンも慌てて避難を呼びかけに走って行く。
レオンは茂みの奥を警戒しながら、避難ルートについて考えを巡らせた。
幸い、マーナは教国の重要な軍事都市だ。
街まで逃げ込めば、騎士団の大隊だって控えている。
なんとか被害を最小限にして逃げ切れるルートは―

「がはっ、ぐぅ・・・君も、早く逃げてくれ―」

と、兵士の喘ぎに気づいて視線を向けると・・・フィオナがまだ、そこにいた。
傷ついた兵士に必要最低限の応急処置を、彼女にしては慌てた様子で施している。

「あなたも避難しましょう。治療が必要です。」

「俺は、もういい。助かりは、しな、い・・・だから、逃げろ。逃げてくれ・・・!!」

「はい、おしゃべりはそこまでです。傷が開いてしまいますから。」

「違う、ん、だ。あいつはやばい・・・げほっげほっ! ・・・逃げてくれ!」

「ご家族もいますでしょう。・・・大丈夫、みんなで一緒に帰りましょうね。」

結局、兵士がどんなに訴えようともフィオナは治療をやめようとはしなかった。
レオンの経験上、この兵士の状態は非常にやばい。
ここがしっかりとした設備のある医療施設で、じっくりと治療ができるならなんとかなる・・・というレベルだ。
悪いが、応急処置だけでマーナまで運べるような状態ではない。
彼女だって職業柄、相手がどんな状態かはもうわかってるはずだけど・・・。
特に今のような非常事態で被害を最小限にするなら、残酷だろうが見捨てるべきだろう。
でもまぁ・・・納得できなそうだね、フィオナは。

「そこの、君。ぐ・・・この子を連れて、逃げて、くれ。」

フィオナを説得するのはあきらめたのか、レオンに向けられた兵士の必死な言葉。
フィオナの考えは、戦場においては異常だ。
ちょっと考えればわかること。
命を無駄に危険にさらす、バカな行為。
ここは、兵士の言葉に従うのが普通なんだろうけど・・・

「・・・フィオナはとろいですが、自分で逃げられます。俺は、あなたを運びましょう。」

「レオンさんは一言よけいです。でも・・・ありがとう。」

レオンは、覚悟を決めた。
レオンが救うと決めたのは、大切に思う人の心。
自分の生きる枷と定めたのは、人の幸福のために生きること。
幸せを壊させない。
不幸をつくる者を許さない。
今、この場で一番大切なのはフィオナの心。
今、この場で一番許せないのはそれを壊すこと。
たとえ出会って半日だろうと、今の心はフィオナを大切に思ってる。
だから、俺が今するべきことは・・・決まってるじゃないか。

「つくづく、俺もバカだよな。」

つぶやいて、傷ついた兵士の持っていた剣をとる。
わかってる、さすがに自分一人で相手をできる敵じゃない。
せめて、サラがいればなんとかなるけれど・・・
死ぬかもよ。
死なないかもな。
逃げなよ。
逃げたら後悔するぜ。
半日しか一緒にいなかった他人だろ。
恩人でもあるな。
バカなんかほっとけ。
優しい娘だろ。
お前の守るべきものはなんだ。
大切なものを見極めろ、ここで命をかけるのか?
ああ、フィオナは・・・大切な人間だ!
生き延びるために、なんでもやってきた心が警告する。
信念のための、意志を貫く心が叫ぶ。
風が吹き、森の木々がざわめいた。
ずっと警戒していた茂みの奥に、輝いたのは炎の光!
同時に、強烈な殺気が空間を支配した。

「氷の精霊たち、力を借りるよ!!」

殺気を感じ取り、一瞬で引き出す、極限の集中力。
一点を見つめたレオンの瞳が、完全に敵を認識した。
レオンの戦闘スタイルは魔法剣士。
武器に直接魔力構成をたたき込むことで呪文を省略し、攻撃力をあげる技法のひとつだ。
対象に直接武器を当てなければならないが、強力でかつ速い。

「フィオナには、指一本触れさせない!!」

そして叫び、なぎ払う。
飛来して来た強烈な炎の渦に剣が触れ、それは魔力の構成ごと魔法の炎を斬り裂いた。

「集え、雷精、風精。貫け、雷閃、纏え、暴風!」

炎をなぎ払い、一瞬の間もおかずに短略化した詠唱。
レオンは今度は剣にではなく、空間に広大で精密な魔力構成を展開させた。
レオンが扱える通常魔法の中では、文句なしに最大威力を誇る雷と風の複合上級呪文。
右手で剣を構え、左手は目標につきつけ動かさない。
狙いは・・・はずさない!

「いけ、ラルーヴァ・ストライク!」

最後の「カオス・ワーズ」にそって急速に展開する魔力。
そして、発動!
強烈な暴風を纏った稲妻が、一瞬で空間を貫いた。
茂みを灼き、木々をなぎ払い、大気をも焦がしてその向こうの魑魅へと収束していく。
次の瞬間、レオンの魔法と魑魅の結界とがぶつかり合い、一点に収束された強力な魔力が大爆発を起こした。

「な、何事ですか!?」

「アミティアが来た。逃げるよ!!」

なんとか応急手当が終わったらしいフィオナを立たせ、傷ついた兵士を背負う。
爆風に巻き上げられた土煙が晴れる前に、動かなくてはならない。

「アミティアが来たぞ! みんな逃げろ!!」

すでに避難をはじめていたケガ人、および医療部隊の人達もけしかけ、とにかく走る。
レオンは背負っている重症患者に刺激を与えないように気を使いながら、それでも風のように駆け抜けた。
・・・って、フィオナは!?

「うわ、遅っ!」

いきなりフィオナがいないことに気が付いて振り向けば、はるか後方で転ぶフィオナの姿。
わかっていたけれど・・・遅い!
しかも転んでる!!
さらに最悪、倒れたフィオナの向こう側には・・・魔力構成を纏ったアミティアの姿!!!

「ちょっと、この兵士さんをお願いします!」

「は? おい、君!!」

たまたま近くにいた、比較的傷の浅い兵士に背負っていた患者を預け、レオンは走った。
今度こそ全力で、風のように・・・いや、風の速度を越えて。
全力で走りながらも魔力構成を剣にたたき込み、魔力を瞬時に展開させる。

「フィオナ! レオン君!?」

後ろから響く、リンさんの悲鳴。
その声の速度すら越える気持ちで、レオンはとにかく真っすぐに走り抜けた。

「フィオナ、そのまま伏せていろ!」

「は、はい!」

叫び、最後の数メートルを一気に飛ぶ。
次の瞬間、アミティアの指先から強烈な炎の渦が、フィオナに向かって弾き出された。
直接は、間に合わないか!

「壱式・断!!」

投げられた魔法を斬るのは不可能だと判断し、レオンは、空気を対象にして大気を切り裂いた。
裂かれた大気は悲鳴をあげて真空を創り出し、炎の渦はそこでせき止められる。

「フィオナ、走れ!」

「はい!」

一応せき止めることはできたものの、魔法構成を斬ったわけではない。
真空はすぐに戻ってしまい、長く続かない。
炎をせき止められるのは・・・せいぜい数秒だろう。

「弐式・爆!」

だが、一秒と待たずにレオンが駆け抜け、今度は魔力構成ごと炎の渦を爆砕させた。
爆破の連鎖は魑魅へと続き、魑魅の結界を粉々に吹き飛ばす!

「集え、雷精、風精。貫け、雷閃、纏え、暴風!」

一瞬の間もおかずに収束する魔力。
そして、展開。
目の前には、結界の壊れた魑魅魍魎!

「ラルーヴァ・ストライク!」

「サークル・ブレイカー!」

レオンの指先から暴風を纏った稲妻が飛び出し、同時にアミティアが新しい結界を纏う。
このやろ、詠唱無しに上級結界を!?
一度発動させた魔法は、すぐには止められない。
瞬時に作り出された魔力の壁に雷閃がつきささり、膨大な魔力が一点で収束していく。
この位置は、まずい!

「ごめん、投げるよ!」

「ひゃええ!? って、レオンさんわきゃあああ!?」

瞬間の判断、閃光の動き。
レオンは、ようやく立ち上がったフィオナを片手で掴みあげ、全力で後ろに投げ飛ばした。
そして、再びの大爆発。
至近距離で起こったそれは、一回目よりも大きく、強く戦場の森に響き渡った。




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