光の約束





―戦場の森、by,フィオナ―


「痛っ。く・・・レオンさん! レオンさーん!?」

レオンに投げられ、爆風に運ばれて、フィオナは元いた場所からかなり離れた地点に落ちた。
受け身がとれないくらいの運動音痴なのでまともに衝撃を受け、内蔵と骨が悲鳴をあげる。
皮膚は裂けて血がにじみ、肺は息をするたびに焼け付くような痛みを訴えた。
レオンが投げなければ、まともに爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれない。
でも、私を投げなければレオンさんは逃げられたはず。

「レオンさん! 今すぐ行きますから、待っていてください!」

「待ってフィオナ! あなたが行って何ができるの!?」

自分の傷は棚にあげ、走ろうとしたフィオナを、リンが必死に押さえつけた。
フィオナが転び、レオンが走り寄るのを見て、リンも近くまで来ていたのだ。

「離してください! きっとレオンさんはケガをしてます。私のせいなんです!」

「だめ! 何のためにレオン君が戦ったと思ってるの!?」

「っ! 私は、そうやって・・・!」

ごめんなさい!
心でリンに謝ると、フィオナは全力でリンの手にかみついた。
ひるんだ隙にリンの手を抜け出し、走る。
いやです。
痛む足をひきずり、それでも全力でフィオナは走った。
もう、いやなんです。
乱れた呼吸は傷ついた肺を刺激し、胸の奥が熱くなる。
それでも絶対に、いやなんです。

「父様も、母様も、そうやって死んじゃった。」

一番古い記憶は、母親が殺される場面。
まだフィオナが2歳にすぎない頃、マーナは魑魅の襲来にあい、母はフィオナを庇って死んでしまった。
一番鮮明に覚えている記憶は、父親が殺される場面。
数年前、医療部隊は敵の奇襲に会い、父はフィオナを庇って死んでしまった。

「そして、あの人も。」

同時に思い出すのは、幼い日の親友。
また会おうねと約束して、彼もついに戻ってこなかった。
何のために、彼らは戦ったのか。

「私のためにと言うのなら・・・どうか、生きるための戦いを。幸せのための、戦いを!」

熱い息を絞り出し、痛む手足をひきずり、フィオナは爆心地へと急ぐ。
私はもう、何度も命を救われました。
私はもう、もらった幸せを生きました。
だから、目の前に傷ついた人がいるのなら・・・

「たとえ命の危険があろうとも。たとえ、手足を斬られても。私が、救ってみせます。」

爆発で巻き上がった土煙が晴れ、アミティアが姿を現した。
真正面から浴びせられる、強烈な殺気。

「私は、幸せに生きました。だから、もう私のために死ぬなんて許しません。」

幸せになれ。
それは、父親からの最後のメッセージ。
幸せを、作ろう。
いつか世界中が、平和になれるように。
それは、白く、綺麗な花の咲き誇る梅の木の下で。
大切な親友と誓った、一番の約束。

「フィオナぁぁぁぁ!」

戦場の森に、リンの叫びが響き渡った。
同時、アミティアがフィオナに向けて炎の渦を放つ。

「私は、まだ死ねない。レオンさんを救わないと―」

父様、私は幸せに生きました。

                 まだ、平和になってない。

「爆発の傷は、速く治療しないと残ってしまいます。」

だから、もう―

                 約束、したんですから。

「速く、レオンさんを、治療、しないと―」

だからもう、死んでもいいですか?

                 いつか、一緒に悠久の大地へ―

言葉と、心と、ココロが歌った。
攻めるのは、風の速度で大気を貫く炎の渦。
受けるのは、受け身もとれない運動音痴。
きっともう、避けられない。
こうなること、わかってたんですけどね・・・

「自分のために傷ついた人も、癒せないなんて。心のままに生きるというのは・・・難しいですね。」

本当は、ずっと・・・死に場所を探していただけかもしれない。

心の一つが、そっとつぶやく。
炎の渦が、結界をもたないフィオナを包み込んだ。
視界のすべてが炎で染まり、全身を包んで肌を灼く。

でも・・・私は、死にたくないかもしれない。

炎に灼かれながら、違う心が問いかける。
まだ、世界が白く、純粋に見えた頃。
いつか交わした、大切な約束があるから・・・

「それに、レオンさん、の、傷の治療、を、しない・・・と。」

心とココロの二律背反の中で、最後のそれだけは裏表のない純粋な願い。
ちょっといじわるで、でもとても優しいレオンさん。
たった半日しか一緒にいなかったけれど、大切な人。
あの人と同じ、とても深い瞳をしてる人。
好きだから、死んでも守りたい。
父様たちも、きっとこういう気持ちだったんだ・・・
遠くなる意識、灼ける肌。
それでも、私は−

「ああもう、世話の焼ける!!」

瞬間、風が炎を切り裂いた。
赤く染まった視界の隅に、移ったのは求めた姿。

「あ・・・レオン、さん。」

「そのまま寝てろ。変に動くなよ。」

「傷、手当を、しますよ・・・」

「あとでいい。リンさん、フィオナをお願いします!」

叫ぶと、レオンはアミティアへと走った。
飛来して来る魔法を残らず斬り払い、一気に懐へと踏み込む。
神破奴を代表する魔法剣士が、本気で第一級の魑魅魍魎へと襲いかかった。
一体、何のために、戦うのか。
ダメ、です。
激しく響く金属音に、連続する爆発音。
視界が薄れ、音も薄れていく感覚の中で、少女は少年の無事を願う。
どうか、生き残るための戦いを。
レオンさん自身の、幸せのための、戦いを・・・。
願いを言葉にすることができず、フィオナはただ祈った。
私は、もう、幸せに、生きたから。
傷を負い、肌を灼かれた少女は、ついに気を失った。


―光の聖域―


空は、雲一つない晴天だった。
流れているのは、小さな小川。
静かに、綺麗に、ゆっくりと水が流れてゆく。
柔らかな風が吹き、黄色の花びらは美しく舞い踊った。
暖かな光に満たされた、ここは光の聖域。

「ん・・・はぇ? ここは、天国でしょうか?」

小川のほとりにある、花の草原。
暖かな光に導かれて、フィオナ・リーアは目を開けた。
そして、この世のものではありえない、美しい世界にほけーっと見取れてみる。
だから、背後に現れた気配にも気づかなかった。

「フィオナちゃん。ようこそ、私の聖域へ。」

ほけーっと。
呼びかけられても、気づかなかった。

「フィオナちゃん? おーい、フィオナちゃーん?」

「・・・はぇ? わぁ、初めましてです。」

「うん。初めまして、かな。」

にっこりと、光の神様は綺麗に、とても綺麗に笑った。
ほけっーと、フィオナはまた見取れてしまう。
驚きました・・・私にそっくりさんです。
なのに、どうしてこんなに綺麗に笑えるんでしょうか。

「フィオナちゃん? ほら、ぼーっとしてないで?」

「いえ、ほけーっとしてましたー。」

「ほけーっと? うん、それいい表現かも。って、そうじゃなくてね。」

「はい、なんでしょう?」

「うん、とりあえず自己紹介するね。私はヒュギエイア・レムリア。一応、光の神様よ。」

「はぇ? そういえば傷が治っちゃってますね。」

「ふふ、私は治療の神様だからね。とりあえず治しておいたわ。」

「うわああ、光の神様なんですか!?」

「ええ、人間の中ではそうなってるわ。」

「はぇ? でも治療の神様なんですか?」

「本当は、ね。」

「わぁ、勉強になりました。」

フィオナはさっそく手帳をとりだして、今のことをメモすることにした。
ところが、手帳どころか服が半分燃えてしまっている状態だ。
結局、ペンすら見つからなかった。

「はぁ・・・手帳燃えちゃいましたね。残念です。」

「ちょっと待って。手帳にペンくらいなら・・・よいしょっと。これあげるわ。」

「あ、いいんですか? どうもです。」

「ついでに服ね。私のおさがりになるけど・・・これあげるわ。」

「わぁ、かわいいです。どうもありがとうございます。」

落ち込むフィオナをみて、ヒュギエイアは空間に開けた穴から手帳とペン、それに服を取り出した。
フィオナはそれを受け取ると、さっそく着替えてから今のできごとをメモする。
それを見守ると、ヒュギエイアはまじめな顔をしてフィオナをみた。

「さて、と。そろそろ本題を聞いてもいいかな?」

「本題・・・ですか?」

「うん。フィオナちゃん、天使って知ってるかな?」

「天使ですか? 天使族っていうのは、私達聖ヴァチスカン教国の人間たちの総称ですよね?」

「ええ。天使族は、ね。私が言っているのはね、エンジェルよ。人間ではない、古代種ね。」

「人間の天使族じゃない・・・天使、ですか?」

「そう。聞いたことはない? 背中に光の翼をつけ、空を自由に飛び回る天使のお話。」

「あ・・・その生き血はどんな傷をも癒し、人々に幸せを運ぶっていう天使様ですか?」

それなら小さいころ、父様に聞いたことがあります。
それは昔、はるか昔の物語。
古代種と呼ばれる、大きな魔力を持った存在があったという伝説。
阿修羅のリワーダー。
聖ヴァチスカン教国のエンジェル。
イグラット王国のエルフ。
ベルクヘヴン帝国のレヴァン。
そして、神破奴のルーン。
神に直接仕える彼らは人間よりも優れた能力を持ち、その意志で人々を幸せにしていたとか。
エンジェルはその中でも特別な能力があって、その生き血は万能薬として扱われたらしい。
だから、その血を求める人々によって全滅させられたとか。
人々のために働いて、その人間に殺された天使。
そのお話を聞いた時、私は・・・やっぱり、そんな血があるなら欲しいと思いました。
試しに腕を切って血を飲んだこともありました。
でも・・・私はやっぱり、普通の人間でした。

「その、天使様よ。あなたはなりたい?」

「え・・・なれるものなんですか?」

「ううん、意志のお話。なれるとしたら、なりたい?」

「・・・なりたいです。」

「人間のために生きても、人間に殺されるのよ?」

「それでも、私は−」

幸せに、生きろ。
心に響く、父の遺言。
心の中の父親に、フィオナ深く、深く頭をさげた。
父様、私は幸せですよ。
だから、私は―

幸せを、作ろう。
いつか、世界中が平和になれるように。
大切な親友との、大切な、大切な約束が守れるように。

「私は、それでも人を助けたいです。いつもいつも後悔ばかりなのは、いやです。」

目の前で、不条理に殺されていく人々。
たとえばそれを助けることができるなら・・・私は、殺されてもいい。

「・・・だめね。それでは力をあげられないわ。」

「どうしてですか!」

「想う力は現実になる。強い願いは世界に届く。でも、あなたは、まだ死にたがってるもの。」

「あ・・・」

私が、死にたがっている。
心を見透かされたようで、フィオナは思わず止まってしまった。

「うん、今日はここまで。次に会う時は・・・本当の幸せを、生きていてね。」

「待ってください! 私はもう、幸せです! ですから!」

「本当の幸せを生きている人はね、決して死にたいなんて思わないわ。」

「・・・」

「またね、フィオナちゃん。」

「あ・・・」

光であふれた空間に、さらに広がる純白の光。
優しくて、暖かくて、・・・なのに。
綺麗で透明なしずくが、フィオナの頬を流れ落ちていた。

「私は、幸せになんてなれません・・・。」

最後につぶやいたのは、心の奥にある本当のココロ。
大切に思う人は次々と死んでいく。
戦場の森では毎日人が死んでいく。
魑魅に襲われ、人間同士も殺し合う。
私は、今の世界が嫌い、です。

「大丈夫よ。炎に灼かれながら、最後に想ったことを大切にしなさい。」

視界のすべてが白く染まる中で、とても優しい声が響いた。
ああ、きっと・・・神様は綺麗に笑っていますね。
最初にみた、本当に綺麗な笑顔を思い出して、フィオナは小さく、とても悲しく笑った。
同じ顔をしていても、私では綺麗に笑えない。
それはきっと、本当は幸せなんかじゃないから。

「最後に、想ったこと・・・」

死に場所を探して、灼かれたのに。
私は、まだ、死にたくないって想った。
どうしてだろう?
幸せなんかじゃないのに、死にたくないって感じたのは。
小さな、でも大きな疑問をかかえながら、フィオナは再び意識を失っていった。





戻る